及川直彦のテキストのアーカイブ

及川直彦が書いたテキストと興味を持ったテキストのアーカイブ

繰り返しとバリエーションの効果(続き)

前回の「繰り返しとバリエーションの効果」を書いたときに探していた、

"我々は「以前見たのと同じもの」だと認知されていて、かつ、よく見ると以前見たときから少し変化しているものを、より情報処理しやすい傾向がある」"
 
というモデルの話の続きです。
 
そのときは、"「以前見たのと同じもの」だと認知されているものを、より情報処理しやすい傾向がある"(「単純接触効果」)については対応する研究は見つけることができたのですが、"かつ、よく見ると以前見たときから少し変化しているものを、より情報処理しやすい傾向がある"(「Variation(同一対象の多様性)」の効果)については見つけることができませんでした。
でもその翌日に、ゼミの濱本さんが見つけてくれました。川上(2015)です。
 
"従来,効果を強化する最大の要因として,同一の刺激への接触回数の多さが挙げられていた。すなわち,反復接触の増加と共にその刺激への親近性が高まるため,効果が強化されると考えられてきた。しかし,川上・吉田(2011)の知見は,単一の刺激を多数回呈示するよりも,むしろ複数の刺激を少数回ずつ呈示した方が効果が強いことを意味している。”
”ここから示唆されるのは,単純接触効果における「反復」と「変化」の役割である。一見すると,反復と変化という要因は相反するもののように思われる。しかしながら,前述のカテゴリという観点から考えると,反復の中の変化が意 味を持ち始める。すなわち,変化が効果を持つのは, ある共通性の中での変化であり,それがカテゴリであ る。表情は異なっていても「同一人物」であるという 広い意味でのカテゴリレベルでの「反復」に起因する親近性と,その人物に関する複数の刺激に接触することによるそのカテゴリ内での「変化」による新奇性が単純接触効果を強化すると考えられる。つまり,対象への多面的な接触を行うことで,単一の側面への接触 に比べて,その対象についての立体的な理解が促進されることによって,効果が強化される。 "
 
これですね。そして、ここで言及されている川上・吉田(2011)の実験2(多表情接触人物・単一表 情接触人物・接触なし(コントロール)による好意度の違い)の結果はこちらです。

川上・吉田(2011)

doi.org

「Variation(同一対象の多様性)」の効果も先行研究で確認されていたことを無事特定できました。ということで一件落着。
 
資料
川上直秋, & 吉田富二雄. (2011). 多面的単純接触効果── 連合強度を指標として──. 心理学研究82(5), 424-432.
川上直秋. (2015). 単純接触効果と無意識 われわれの好意はどこから来るのか. エモーション・スタディーズ1(1), 81-86.
 

繰り返しとバリエーションの効果

2010年頃だっただろうか、マーケティングではなく、認知科学系の研究者の方と話していて、
 
"我々は「以前見たのと同じもの」だと認知されていて、かつ、よく見ると以前見たときから少し変化しているものを、より情報処理しやすい傾向がある」という研究があるんですよ"
 
という話を聞いたと記憶している。
そして、その話を聞いたときに、広告のクリエイティブの世界で効果的なアプローチとして知られている「ドラマ風CM」のメカニズムが語られていると感じたことも記憶している。
 
ちなみに嶋村(2008)「新しい広告」に紹介されているビデオリサーチが実施した調査では、「ドラマ風」が、個人GRPあたりのCM認知率が1500GRPを超えたあたりから他の手法よりも高くなる効果が確認されている。

 

「ドラマ風CM」の代表例は、ソフトバンクの「予想外の家族」が挙げられるだろう。
 
「このCM、前にも見た」と思ったが、でも前に見たものとは異なったバージョンで、あたかもドラマの続きのような内容であることに気づいた、といった経験をしたことがある方も多いだろう。

ところで、この"「以前見たのと同じもの」だと認知されていて、かつ、よく見ると以前見たときから少し変化しているものを、より情報処理しやすい傾向がある"という研究だが、ふとあるところで使おうと思って調べたのだが、なぜか見つけることができずに困っている。
 
この種の研究はやはり行動経済学あたりだろうと思って、ダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー」を探すと...そうそう、「Cognitive Ease(認知容易)」。

 

Repeated Experience(繰り返された経験)、Clear Display(見やすい表示)、Primed  Idea(プライムのあったアイデア)、Good Mood(機嫌がいい)などによってはCognitive Ease(認知容易)が高まり、Cognitive Ease(認知容易)が高まることで、Feels Familiar(親しみを感じる)、Feels True(信頼できる)、Feels Good(快く感じる)、Feels Effortless(楽だと感じる)を高めるというモデルだ。
 
このモデルについて、その他の研究者がどのように論じているかを調べようとしたが...学術研究では、このモデルについては思ったほほど追試や応用がされていないようだ。
 
学術研究では、Cognitive Ease(認知容易)よりも「Fluency(流暢性)」の方が一般的なようだ。「我々は、本来の内容とは無関係に、Fluent(流暢)に情報処理できる対象についてより好意的な判断をする傾向がある」という概念であり、この概念については、Zajonc(1968)あたりから数多くの研究がある。

例えば、Zajonc(1968)は、ミシガン大学の学生を対象に、彼女ら・彼らにとって見慣れない言語(トルコ語と中国語)の単語を頻度を変えて表示させたところ、頻度が高く表示されたものがより好意的に評価されることを確認した。  

対象に対する反復接触によってFluency(流暢性)が高まり、その対象をより好意的に捉える効果は多くの実験で再現されており、この効果は「単純接触効果」あるいは「ザイアンスの法則」として知られている。

最近の日本の研究では川上・永井(2018)が面白い。
二つの異なる筆跡で書かれた手書きのメッセージを使った実験で、関与度の低い話題については、反復的に接触した筆跡で書かれ、それゆえ読みやすいと感じた=「Fluency(流暢性)」が高いメッセージの方が、よりそのメッセージに対して賛成する効果があることがこの研究で確認されている。


今回の話の起点のもう一つの"よく見ると以前見たときから少し変化している"という変数、名付けて「Variation(同一対象の多様性)」の効果も、おそらくCognitive Ease(認知容易)≒Fluency(流暢性)あたりに影響している単純接触のような気がするのだが、今日調べた範囲では、これに該当する研究を見つけることができなかった。
 
おそらく、全く同じメッセージだと、「飽和と忘却が形作る『記憶曲線』」でも紹介した「Satiation(飽和)/「Boredom(飽き)/「Avoidance(回避)」に引っかかるので、これが、クリエイティブの表現のバリエーションがあることで緩和している、といった感じのメカニズムなのではないだろうか。
 
資料:
Kahneman, Daniel, K. (2017) Thinking, Fast and Slow, Farrar Straus & Giroux
Zajonc, R. B. (1968) Attitudinal Effects of Mere Exposure. Journal of Personality and Social Psychology9(2p2), 1-27.
及川直彦 (2022) 『飽和と忘却が形づくる「記憶曲線」』 及川直彦のテキストのアーカイブ 2022-06-05
川上直秋・永井聖剛 (2018) 『見慣れた文字だと納得しやすい――筆跡の反復接触による説得
効果の促進――』 心理学研究 88(6), 546-555.
嶋村和恵 (2008) 『新しい広告』 電通

「Moat」と「競争優位」

私が「Moat」という言葉に触れたのは、以前に関わっていたスタートアップ企業の経営会議の議論の中だった。そのときに手元で検索したところ、確かこの記事に行き着いた。

 

newspicks.com

 

 "「Moat」は、マイケル・ポーターの「競争優位」と同じ意味ではないか、ならばなぜわざわざ違う言葉を使うのだろうか?"
とそのとき思ったのだが、忙しくてそのままにしていたところ、最近別のスタートアップ企業で経営について議論しているSlackの中で、久しぶりに「Moat」という言葉が登場した。

 

というわけで、「Moat」とマイケル・ポーターの「競争優位」は同じ意味なのか、そうでないのかを調べてみた。

結論は、「同じ意味」と捉えて良さそう。

例えば、学術研究では、Kanuri & McLeod (2016)やLiu & Mantecon (2017)らが「Moat」のある企業とない企業の企業価値の違いを検証しているが、これらの研究においても、ポーターの「競争優位」の概念が「Moat」の概念整理において中核的に位置付けられている。

さらに、Boyd (2005)によると、これらの研究がデータとして使用しているのは、Morningstarが評価した “companies with wide economic moat”銘柄のデータで、このMorningstarの評価自体が、Porterの競争戦略の考え方を参照しているらしい。 

 

そしてバフェット自身も、ポーターについて言及しており、この中で、"ポーターの本は読んだことがないが、彼のコメントなどを読んでいる限り、『競争優位』の考え方は自分たちに通じる"と語っている。

 

www.youtube.com

というわけで、「Moat」を、ポーターの「競争優位」とほぼ同じ概念として扱ってもどうやら大丈夫そうである。なので、「Moat」で語られる概念を、ポーターの「競争優位」と照応させながら整理をすると、ぞれぞれの用語をベースに語られてきた議論が相互補完されそうなので、これから時間を見つけて取り組んでみようと思う。

 

ちなみに、Boyd (2005)においては、「規模の経済」「高いスイッチングコスト」「無形資産(特許権保護、政府の許可、ブランドフランチャイズ、ユニークな企業文化)」「ネットワーク効果」の4つが「広い経済的なMoat」を形成するのに貢献し、「広い経済的なMoat」が「高い収益」「高い安定性」「株価の成長」に貢献するというモデルが提示されている。

 

 

clutejournals.com

 

Porter (2008)の「5つの競争要因」の7つの典型的な参入障壁と照応させると、

  • 「規模の経済」→Porter (2008)では、「供給側の規模の経済」は7つの典型的な参入障壁の一つとして挙げられている
  • 「高いスイッチングコスト」→Porter (2008)では、「顧客のスイッチング・コスト」は7つの典型的な参入障壁の一つとして挙げられている
  • 「無形資産」→Porter (2008)では、7つの典型的な参入障壁の一つでである「企業規模と無関係な既存企業の優位性」の例として、「独占的な技術」「最高の原材料への優先的アクセス」「地の利」「揺るぎないブランド・アイデンティティ」「生産効率を学習できる既存企業ならではの経験の蓄積」などが挙げられている
  • 「ネットワーク効果」→Porter (2008)では、「需要側の規模の利益」は7つの典型的な参入障壁の一つとして挙げられている

 

といった感じで対応している。さらに、Porter (2008)が7つの典型的な参入障壁として他に挙げている「資金ニーズ」「流通チャンネルへの不平等なアクセス」「政府の引き締め政策」のうち、「政府の引き締め政策」はBoyd (2005)の「無形資産(政府の許可)」と近い論点である。

その一方で、Porter (2008)の中には、Boyd (2005)が挙げている「無形資産(ユニークな企業文化)」は論点として挙げられていない。

「競争優位」の議論の成果と、「Moat」で議論され始めていることを統合することで、「車輪の再発明」の無駄を回避しながら、視点を広げ、深めることができるのではないだろうか。

 

dhbr.diamond.jp

 

ところで、こんなことを調べている流れで脱線して、「Moat」の提唱者のウォーレン・バフェットの論争の記事に興味を持った。

「 米電気自動車大手テスラTSLA.Oのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)とバークシャー・ハザウェイBRKa.Nの会長で米著名投資家のウォーレン・バフェット氏の対立は、まるでペアトレードの様相を呈している。

 競合他社の参入を防ぐために企業は「モート(堀)」を固めるべきだとするバフェット氏の戦略の1つについて、マスク氏は「時代遅れ」と批判した。これを受け、バフェット氏が傘下の菓子メーカー、シーズ・キャンディーズを自身の成功の証しとして挙げると、マスク氏はキャンディーメーカーを立ち上げると宣言した。」

jp.reuters.com

 

この議論は、ご本人たちは意識していないだろうが、私には、経営学におけるポーター的な「SCP理論」に近い思考を持つバフェットと、シュンペーター的な「イノベーション理論」を体現するマスクの、必然的な意見の違いのように感じた。

 

dhbr.diamond.jp

business.nikkei.com


この「SCP理論」と「イノベーション理論」の違いに着目しているのが。McGrath (2013)が提唱している「一時的競争優位」の議論なのだが、今日は時間切れなので別の機会で。

dhbr.diamond.jp

 

(資料)

  • Boyd, D. P. (2005). Financial performance of wide-moat companies.Journal of Business & Economics Research (JBER)3(3), 49-56.
  • Kanuri, S., & McLeod, R. W. (2016). Sustainable competitive advantage and stock performance: the case for wide moat stocks.Applied Economics48(52), 5117-5127.
  • Liu, Y., & Mantecon, T. (2017). Is sustainable competitive advantage an advantage for stock investors?.The Quarterly Review of Economics and Finance63, 299-314.
  • McGrath, R. G. (2013). Transient advantage.Harvard business review91(6), 62-70.
  • Porter, M. E. (2008). The five competitive forces that shape strategy.Harvard business review86(1), 78-93.

 

「明白すぎる非連続性のジレンマ」

一利用者としてChatGPTを使っていると、その技術的な進化の早さ、そしてそれがもたらす利用者の知覚価値の進化の早さに感動すら感じます。

そんな「技術的な進化の早さ and/or 非連続性→利用者への提供価値の進化の早さ and/or 非連続性」が、ChatGPTを提供するOpen AIの事業価値を高めはするものの、ChatGPTを採用・活用して競合他社に対して差別化を狙おうとするプレイヤーにとっては、「利用者への提供価値の進化の早さが明白→多くのプレイヤーが高いUrgencyで取り組む→プレイヤー間の参入タイミングの差が少ない→プレイヤー間の差別化がしにくい」という状況をもたらしているように思われます。

このような状況を、過去の経営学で誰かモデルにしていましたっけ?

例えば「ブルーオーシャン戦略」における「レッドオーシャン」の概念は、「その結果としてプレイヤー間の差別化がしにくい」という部分については一応説明しています。
しかし、今起きている状況のポイントは、一般的に言われる「技術的な進化の早さ and/or 非連続性」が高ければ高いほどそれを採用・活用しようとするプレイヤーに対して差別化の機会をもたらす」という考え方に対して、「技術的な進化の早さ and/or 非連続性の高さ」がある閾値を超えると、多くのプレイヤーにとって差別化の機会をもたらすことが明白になるため、競争するプレイヤー間で採用・活用のタイミングに差が少なくなってしまい、それゆえかえって差別化の機会がもたらされにくくなるという逆U字の効果が起きることかと思います。

この「技術的な進化の早さ and/or 非連続性→差別化の機会」がある閾値を境に逆U字になるというモデル、私が「明白すぎる非連続性のジレンマ」と名付けて提唱します。


人工知能は創造的な思考を促進するか ―認知科学の観点から―

阿部慶賀(2019) の『創造性はどこからくるか: 潜在処理,外的資源,身体性から考える』(共立出版)を読んでいて、その中の第4章「外的資源としての他者」が、人工知能が創造的な思考を促進するかについて、認知科学の観点から整理できそうだと気づいたので、以下、この章で展開されている議論に私の解釈を一部加えたものをまとめます。

  • 「他者」が思考のプロセスに参加することによって、創造的な思考が促進される効果がある
    • 清河・伊澤・植田 (2007)の実験から、「他者」の存在が創造的な思考を促進することが確認されている
      • 実験の概要
        • Tパズルを個人もしくは複数者が協働して解く
        • 3つの条件を設定する
          • 一人でパズルを解く個人条件
          • 一定期間の試行錯誤を行い、その後ビデオカメラで記録された自分の映像を観察するという手続きを繰り返しながらパズルを解く自己観察条件
          • 二人一組のペアで、まず自分が一定時間の試行錯誤を行い、その後パートナーと交代し、パートナーの試行錯誤を観察する他者観察条件
      • 実験の結果
        • 他者観察条件が個人条件よりも短い時間で正解に至る効果が確認できた
        • 自己観察条件では他者観察条件のような効果が確認できなかった
    • この実験に加え、その他の研究も踏まえると、「他者」の存在は、自らを縛る制約への気づきの機会と、自らの思考を再解釈する機会を創出することにより、創造的な思考を促進しているようである
      • 相手がいることで、自分が考えている解決法とは異なる視点や意見に触れることができる(自らを縛る制約に気づく機会の創出)
      • 相手の視点を意識した対話を行おうとする態度が形成されることにより、問題を多角的に捉え直そうとする(自らの思考を再解釈する機会の創出)
  • このような「他者」の存在による創造的な思考の促進効果は、実は、「他者」が実在しなくてもある程度は発揮されるらしい
    • 小寺・清河・足利・植田 (2011)は、清河・伊澤・植田 (2007)のTパズル問題に加えて、一定期間の試行錯誤を行い、その後ビデオカメラで記録された自分の映像を観察するという手続きを繰り返しながらパズルを解く自己観察条件と同じ映像を「他者の試行」と教示する偽他者観察条件を追加したところ、自己観察条件よりも偽他者観察条件の方が、より自らを縛る制約から解消されることを確認した

  • とするならば、「他者」が人工物であった場合においても、「他者」の存在による創造的な思考の促進効果発揮されるのだろうか

  • 私たちは人工物に対しても、人間と接するときと同じような対人関係能力(社会的な態度)を働かせることが確認されている
    • 人工知能ELIZAは、あらかじめ想定された応答では対処できない問いかけが入力されると、「どのように?」「何か例を挙げてください」と言った、話題の進行を促すようなあたりさわりのない聞き返しをしたりするが、そういったELIZAに対して、ユーザーは対話に没入し、相談相手として対話をしようとする(Weizenbaum 1966)
    • Reeves & Nass (1996) の実験から、私たちはコンピュータのような人工物に対しても、人間と接するときと同じような社会的な態度を働かせることが確認されている
      • 実験の概要 
        • 実験参加者にパソコン(PC)上に実装された学習支援システムを勉強するように課し(学習フェーズ)、その後、別のPC上で学習到達度テストを行い(テストフェーズ)、その結果に基づいて学習支援システムの評価を求める(評価フェーズ)という一連の手続きをとる
        • 評価フェーズでテストの成績が15問中10問正解であったことを通知し、その上で「優れた支援効果があった」といった肯定的なメッセージと、「あまり有能なシステムではなかったといった否定的なメッセージのいずれかが提示される
        • これらの肯定的もしくは否定的なメッセージが、学習フェーズで使ったPCと同じPCから発される場合と、学習フェーズとは別のPCから発される場合を設ける。すなわち、4つの条件を設定する
          • 学習時に用いたPCが自ら肯定的な自己評価を発する自己肯定条件
          • 学習時に用いたPCが自ら否定的な自己評価を発する自己否定条件
          • 学習時とは別のPCが学習時のPCに対して肯定的な評価を発する他者肯定条件
          • 学習時とは別のPCが学習時のPCに対して否定的な評価を発する他者否定条件
      • 実験の結果
        • 他者肯定条件の方が自己肯定条件よりも好意度が高い、すなわち、人間に対して「同じ評価でも本人が自画自賛するよりも第三者による評価の方が、価値がより高く感じられる」と感じるのと同じような社会的な態度が働いていることが確認された
        • 他者否定条件の方が自己否定条件よりも好意度が低い、すなわち、人間に対して「他の人を否定すると見下しているような印象を感じる」「自己評価が厳しい人に対しては謙虚な人物を抱きやすい」と感じるのと同じような社会的な態度が働いていることが確認された
  • このような、私たちが人工物に対しても社会的態度を働かせることを鑑みると、私たちの思考のプロセスに人工物(例: 人工知能)が「他者」として参加することによって、創造的な思考が促進される効果が期待できそうである

ELIZAのような人工知能(いわゆる「人工無能」)によっても、「他者」=相手を意識した対話を行おうとする態度が形成されることで、自らの思考を再解釈する機会を創出することが期待できそうですが、最近その進化が注目されている大規模言語モデルにおいては、その回答を私たちが「自然に感じる」度合いが増すことにより「他者」としての演技力が増しているように感じます。

さらに、大規模言語モデルが問いに対して生成するテキストの中に、ネット上のテキストから学習された、これまで幅広く語られてきていた論点が提示されることにより、自分が見落としていた視点や意見に触れることができ、その結果、自らを縛る制約に気づく機会を創出することも期待できます。ただし、これは、大規模言語モデルが既存のテキストの学習に基づいたものであるため、「これまで幅広く語られてきていた論点」の制約を超えることができないため、むしろ私たちを縛る制約を再帰的に強化してしまう危険もありそうです。

 

資料

Reeves, B., & Nass, C. (1996). The media equation: How people treat computers, television, and new media like real people. Cambridge, UK10, 236605.

Weizenbaum, J. (1966). ELIZA—a computer program for the study of natural language communication between man and machine. Communications of the ACM9(1), 36-45.

阿部慶賀. (2019). 創造性はどこからくるか: 潜在処理, 外的資源, 身体性から考える. 共立出版.

清河幸子, 伊澤太郎, & 植田一博. (2007). 洞察問題解決に試行と他者観察の交替が及ぼす影響の検討. 教育心理学研究55(2), 255-265.

小寺礼香, 清河幸子, 足利純, & 植田一博. (2011). 協同問題解決における観察の効果とその意味: 観察対象の動作主体に対する認識が洞察問題解決に及ぼす影響. 認知科学18(1), 114-126.

「センスメイキング」についてのメモ

最近、ビジネスにおける創造性とは何かを考え直すために、「センスメイキング」について論じた本を読み直している。そんな中で、文化的な探索に基づいて洞察を深掘りしながらアイディアを生み出すことを提案しているクリスチャン・マスビアウの『センスメイキング』は興味深かった。

ただし、この本は、「センスメイキング」について、今日一般的なものとはやや異なる独特の定義に基づいて論を展開しているので、まずはその整理が必要であろう。

 

今日の日本において「センスメイキング」の定義として一般的に知られているのは、例えば以下のようなものであろう。

「センスメイキングは未だ発展中で、その定義自体も多様だ。しかし筆者の理解では、その本質をよくとらえた日本語がある。それは『納得』であり、さらに平たく表現すれば『腹落ち』である。センスメイキング理論は、『腹落ち』の理論なのだ。より厳密には、『組織のメンバーや周囲のステイクホルダーが、事象の意味について納得(腹落ち)し、それを集約させるプロセスを捉える理論と考えていただきたい。』

〔入山(2019) 『世界標準の経営理論』〕

この定義は、「センスメイキング」が事象についての解釈の方向性を組織内で揃える部分に焦点を当てている。その一方で、マスビアウの「センスメイキング」は、解釈を揃える前の、事象から解釈を引き出す部分に焦点を当てている。マスビアウは「センスメイキング」について以下のように説明している。(下線は引用者)

「学術界では、センスメイキングという言葉が時代の変化とともに意味も変容しているが、本書では文化的探索という昔からある行為を指している。つまり、今や忘れ去られかねない状況にある価値観に根ざしたプロセスを指すものとして使っている。

「文化を調べ、全方位的に理解するには、我々の人間性をフルに活用しなければならない。自分自身の知性、精神、感覚を駆使して作業に当たらなければならない。特に重要なのは、他の文化について何か意味があることを語る場合、自身の文化の土台となっている先入観や前提をほんの少し捨て去る必要がある。その分、まったくもって新しい何かが取り込まれる。洞察力も得られる。このような洞察力を育む行為を筆者は『センスメイキング』と呼んでいる。」

「センスメイキングは、人文科学に根ざした実践的な知の技法である。アルゴリズム思考の正反対の概念と捉えてもいいだろう。センスメイキングが完全に具体性を伴っているのに対して、アルゴリズム思考は、固有性を削ぎ落とされた情報が集まった無機質な空間に存在する。アルゴリズム思考は『量』をこなす考え方で、一秒間に何兆テラバイトもの膨大なデータを処理できるが、深掘りして『奥行き』を追求できるのはセンスメイキングの力なのだ。」

「現実、すなわち意味があると認識できるものは、文脈(前後関係・状況)や歴史と切っても切れない。基本的には、この文脈を超えて物事を考えることはできない。人間は、自ら身を置く社会によって定義されるとハイデガーは主張する。言い換えれば、フォードのマーク・フィールズのような人物が中国やインド、ブラジルといった市場でクルマを売る極意を会得しようと思えば、新しい消費者の社会的な文脈について微妙な違いにまで踏み込んだ理解が求められるわけだ。そしてこうした理解を最短距離で最も効果的に達成する手段こそが、センスメイキングなのである。」

「…筆者は、センスメイキングのデータを『厚いデータ』と呼ぶようにしている。文化について有意義なことを表しているからだ。厚いデータは、単なる事実の羅列ではなく、こうした事実の『文脈』を捉えている。例えば米国の家庭の86%は週に5.7リットル以上の牛乳を消費しているそうだが、牛乳を飲む『理由』は何か。そして牛乳とはどういうものなのか。『40グラムのリンゴと1グラムの蜂蜜』というのは薄いデータだ。だが、『ユダヤ教の新年祭(ローシュ・ハシャナ)にりんごに蜂蜜をつけて食する習慣がある』となったとたん、これは厚いデータに変わる。」

「…こうした重層的な構造をもつ人間性を単純化して捉えようとせずに、北極星を頼りに航海をするように行く先を見極めるセンスメイキングが大事なのである。我々は目の前の現実の世界を生きていく術を身につけながら、自分の立ち位置や向かっている方向について正確に捉える力を養っていくものだ。アルゴリズムが思考を客観性、つまりはまったく偏りのない見方という幻想をもたらすものだとすれば、センスメイキングは自分の立ち位置をはっきりさせる方法でもある。特に重要なのは、センスメイキングで自分がどこに向かっているのかを絶えず意識できるようになることだ。」

上記に基づくと、マスビアウの「センスメイキング」の定義は、

“行動の痕跡などの定量データ(「薄いデータ」)やそれを活用した単純な解釈のみに頼らず、幅広い人文科学を活用しながら文化的な探索を行い、行動を取り巻く文化的な文脈を示すデータ(「厚いデータ」)も集め、それらのデータに基づいて洞察を深掘りすることにより、事象に対する解釈の方向性を見極めていくプロセス”

と整理できるのではないだろうか。そして、マスビアウの「センスメイキング」においてしばしば「仮想敵」として登場するのが、「薄いデータ」を使ったアルゴリズム思考を重視する「シリコンバレー」的な発想である。

「…本物のシリコンバレーで、あるいは広い意味でのシリコンバレー的文化から生まれているイノベーションにとてつもないメリットがあることは言うまでもない。シリコンバレー文化がグローバル経済の立役者になるきっかけとなった最先端技術や起業家精神を、完全に排除せよなどと主張しているわけではない。
問題は、シリコンバレーが我々の知的生活をじわりじわりと犠牲にしている点だ。歴史学や政治学、哲学、芸術学などの人文科学、言い換えれば世界の豊かな現実を生き生きと描写してきた伝統が、シリコンバレーで流通する想定一つひとつに踏みにじられているのである。

技術が救世主だとか、過去に学ぶものがないとか、数字がすべてを物語るといったことを信じていると、やがて危険な誘惑の言葉にふらふらと吸い寄せられることになる。真実の断層をコツコツとつなぎ合わせる努力をせずに、特効薬を見つけようとしているようなものだ。

こうしたシリコンバレー流の誤った想定に対して、筆者が提示する是正策がセンスメイキングである。途方もないくらいのコンピュータ処理能力を自由に使える時代になったとはいえ、腰を据えて問題に向き合い、苦悩し、先人らがコツコツと丹念に取り組んできた観察の成果に助けを借りながら、答えを見つけだそうと努力することを、我々人間は避けて通れない。」

ただし、「シリコンバレー」側も、マスビアウが『センスメイキング』を書いた2018年頃からさらに進化し、今日では「薄いデータ」から「厚いデータ」にも対応を強化してきている。例えば「大規模言語モデル」を活用したチャットサービスは、ある事象に関連する文脈を示す可能性のあるデータを効率よく集めるのを支援するようになっているのを今日私たちは体感している。

話が逸れたが、マスビアウの『センスメイキング』についてさらに理解を深めるために、この本の中から「センスメイキング」を「人間が新たなスキルを身につける五つの段階」「四つのタイプの知識」「アブダクション」と照らし合わせながらさらに整理する。

 

「人間が新たなスキルを身につける五つの段階」

マスビアウは『センスメイキング』の中で、カリフォルニア大学バークレー校の哲学教授であるヒューバート・ドレイファスが提唱した、人間が新たなスキルを身につける際の五つの段階について、自らの解釈と事例を加えながら紹介している。

第一段階「初心者レベル」

初心者レベルの人は、ある状況の中で「文脈に依存しない」要素に基づいて行動を決定するルールを身につけ、そのルールに基づいて、こうした要素を操作する

  • 例: クルマの運転初心者は、「ある速度になったら変速する」というルールに基づいて、上り坂かどうかも、エンジンの回転数も気にすることなく、クルマが一定の速度に達すると変速する
  • 例: ビジネススクールに入学したての学生は、決まって市場シェアと標本調査結果と生産コストをコスト利益モデルに突っ込んで市場分析をしたがる
  • 例: ワインの醸造年度や品種、産地といった文脈と切り離された要素を見て、すでに習ったルールに照らしながら、どのワインが「上物」かを見定めようとする(が限界あり)

第二段階「新人レベル」

新人レベルの人は、これまでの経験に基づいて「その場の状況に応じた」要素を認識できるようになる

  • 例: 犬の飼い主が自分の愛犬の吠え方を区別できる
  • 例: チェスの選手は何手も先の形勢を読むことができる
  • 例:その年度と産地のワインを実際に味わってきて、その経験を応用しながら、どのワインが「上物」かを見定める

第三段階「一人前レベル」

一人前レベルの人は、膨大な「文脈に依存しない」要素と、膨大な「その場の状況に応じた」要素の中から、目の前の状況に最もふさわしいものを優先して検討できるよう、階層構造の意思決定手順を持つようになる

  • 例: 営業部門の責任者は、まず営業目標がすべて達成されているかどうかを判断し、もし達成できていなければ、各チームに話を聞いて、数字が伸びていない原因を探索し、全部で四つあるチームのうち三つのチームが「取扱品目が多すぎる」と言っているならば、上長に掛け合って商品リストの精査を提案する

第四段階「中堅レベル」

中堅レベルの人は、習ったルールを杓子定規に当てはめるだけでなく、過去の経験の蓄積から浮かび上がるパターンを認識できるようになり、目の前にある個々の要素の間の関係性を理解するだけでなく、目の前の状況を全体として捉えるようになる

  • 例: 作家ウィリアム・ギブスンの小説『Pattern Recognition(パターン・レコグニション)の主人公ケイス・ポーラインドが、独創性のない企業ロゴを目にすると、間髪をいれずに反射的に体が拒絶反応を示す

第五段階「達人レベル」

達人レベルの人は、何をするにしてもその関わり具合は複雑を極めるため、頭で考える余地がほとんどなくなる。我々が自分の身体を意識せずに生活しているのと同じで、達人としてのスキルが完全に自分のものになっていると、そのスキルさえも意識しなくなる

  • 例: 作家コリン・ホワイトヘッドが、ある日、「19世紀前半に奴隷たちの逃亡を手助けするために実在した秘密組織の名称である『地下鉄道』が、もしも本物の地下鉄道だったら」とつぶやいたときに反射的に強烈な衝動を覚え、この着想を起点に、直観を駆使しながら、幼いころから馴染んできた小説やドラマの印象的な場面を織り込みながら小説『The Underground Railroad(地下鉄道)』の物語を組み立てた

初期の段階は教科書通りの基本規則や合理的な判断の応用ばかりだが、段階が進むにつれて、無意識に発揮される研ぎ澄まされた直観が中心になってくる。そして、直観を働かせると、予期せぬパターン同士の類似点を見つけ出し、やがてはかつて聖域とされていたルールであっても、例外なく覆す新たなルールをつくり出せるようになる。あるいは、行動のあるべき流れを決めているのが本人ではなく、状況全体から直接浮かび上がってきて、頭で考えるのではなく身体の記憶で動くという経験として現れる。

マスビアウによると、この無意識に発揮される研ぎ澄まされた直観によって、あるいは身体の記憶で動くと言う経験として、自らが方向づけられる力こそ「センスメイキング」である。

 

「四つのタイプの知識」

マスビアウは『センスメイキング』の中で、「自分が何かを知っている」とは何かについて過去の哲学者たちが考えてきたことを四つのタイプに整理している。

1. 客観的知識

自然科学の基礎。同じ結果になることを何度でも検証できる。主張内容に再現性があり、普遍的に有効であり、実際の観察結果に一致している

  • 例: 二+二が四であることの知識
  • 例: このレンガの重さが三ポンドであることの知識
  • 例: 水が水素原子二個と酸素原子一個からできていることの知識

2. 主観的知識

個人的な見解や感覚の世界。認知心理学の研究対象となる内面生活の現れ。自らの感覚の領域に属するものを経験した場合、その瞬間に正しい知識として受け止められる

  • 例: 自分の首が痛いことについての知識
  • 例: 自分のお腹が空いたことについての知識

3. 共有知識

公共の文化的な知識。共有された人間の経験の領域。そこに漂うムードや気分のような、客観的でも主観的でもなく、全員の感じ方に影響を与える

  • 例: ジョージ・ソロスらがポンド切り下げを予想するのに使った、ドイツのインフレの経験、戦後の通貨政策にその経験がいかに表れていたか、ロンドンの街並みの雰囲気、利上げで英国が困窮している様子といった知識

4. 五感で得られる知識

身体から得られる知識。意識されず感覚や知覚として感じ取られる

  • 例: イラクでの活動経験が豊富な兵士が、偽装爆弾に近づいたときに自分の体の中に生まれる何らかの「感覚」
  • 例: ベテランの消防士が火の動きを予期する「第六感」
  • 例: ジョージ・ソロスが市場データを一種の意識の流れとして体感し、市場データが自身の知覚に複雑に絡みついていると感じ、自分の身体が市場システムの”一部”になっている状態で得られるもの

この中で、五感で得られる知識は、マスビアウも『センスメイキング』の中で少し言及しているが、行動経済学者のダニエル・カーネマンの「システム1」に通じるものがありそうだが、詳しくは、私が『楽しいことを考えている方が良いアイデアが出る』に書いた「連想記憶マシン」を参照いただきくとよいだろう。

マスビアウによると、ジョージ・ソロスらが絶妙な判断を何度も下すことができたのは、これら四つのタイプの知識をどれも重視し、見事に融合させたからであり、このような「四つのタイプの知識の見事な融合」こそ「センスメイキング」である。

 

「演繹法・帰納法・アブダクション」

マスビアウは『センスメイキング』の中で米国の哲学者・論理学者のチャールズ・サンダーズ・パースが問題解決に使用する推論形式として定義した「演繹法」「帰納法」「アブダクション」の三つを取り上げている。

1. 演繹法

一般的な法則や理論(仮説)から入って、個々の具体的な事象に応用する。トップダウンの推論方法とも呼ばれる。範囲が限定的な問題に威力を発揮するが、新しい情報を組み込むことができない

  • 例: 「すべての女性は死を免れない」「サリーは女性である」という前提から、「サリーは死を免れない」と推論する

2. 帰納法

具体的な観察から入り、理論へと研ぎ澄ませていく。既知の部分と未知の部分がある特定の問題にはそれなりに有効だが、異なる文化や行動様式においては文脈を捉えることができないので妥当性が低い

  • 例: 「サリーは医師である」「サリーは学校を卒業したばかりである」という観察から、「サリーは医学部出身である」と推論する

3. アブダクション

既知の説明や理論的な説明がつかない現象を観察した上で、知識に裏打ちされた推測をする。新しいアイディアを生み出すことができる

  • 例: 「家の窓が割れている」「宝石箱がなくなっている」「家具がひっくり返っている」「服があちこちに散らかっている」という一連の現象の観察から「泥棒に入られた」という、不確かだが最も合理的な結論へ飛躍する

パースがアブダクションの前提として、仮説が「真である」かどうかではなく、「真に近い」ものであるかどうかを問うことを主張し、「真に近い」ものは、常に改善の余地があり、新たな真実が見えてくる可能性に対して開かれていることを重視した。この「真に近い」状態は、不確かな状態なので、私たちにとっては不安だったり不満だったりし、そこから逃れて確信が持てる状態に移りたいと考えるものなのだが、マスビアウは、この不確かな状態こそ、新たな理解への道を開くものであり、創造性の真の姿であると捉える。

 

「人間が新たなスキルを身につける五つの段階」における無意識に発揮される研ぎ澄まされた直観によって自らが方向づけられる力や、「四つのタイプの知識」における客観的知識、主観的知識、共有知識、五感で得られる知識の四つの見事な融合、あるいは「アブダクション」における不確かな状態は、文化的な探索や、「厚いデータ」に基づく洞察の深掘りにより事象に対する解釈の方向性を見極めていくプロセスにおいて、私たちを、反論の隙を見せない数字や知識、教科書的なルールから「自由」にする。

この「自由」は、千利休の茶道の修行において、師匠から教えられたことを守り、会得する「守」から、教えられたところからさらに展開して新しく工夫していく「破」を経て、「守」からも「破」からも自由自在になった「離」に辿り着いた境地も連想させる。〔笠井 (1991)『千利休の修行論』

マスビアウの『センスメイキング』は、私たちが探索し、洞察を深めながら、自ら方向を見出す際に、私たち自身を縛るものから「自由」になるための人文科学(まさに「リベラル・アーツ」!)の可能性を具体的に示した本である。

(資料)

入山章栄 (2019) 『世界標準の経営理論』 ダイヤモンド社

及川直彦 (2002) 『楽しいことを考えている方が良いアイデアが出る』 https://oikawa.hatenadiary.com/?page=1664458282

笠井哲 (1991)『千利休の修行論』 https://core.ac.uk/download/pdf/56630611.pdf

クリスチャン・マスビアウ (2018) 『センスメイキング』プレジデント社

「β版による学習」と「実験に基づく意思決定」と「リーン・スタートアップ」

はじめに

 エリック・リースの「リーン・スタートアップ」を読んだ (Ries 2011)。

 この本が2012年に日本で刊行されたとき、私の周囲でもこの本は話題になっていたのだが、当時私は、「リーン・スタートアップ」を、昔から知られている概念を別のキーワードで語り直す『車輪の再発明』系の概念に感じたこともあり、それほど注目していなかった。

 その後、2010年代後半頃に、「MVP(Minimal Viable Product: 実用最小限の製品)」や「Pivot」という「リーン・スタートアップ」に登場する概念を使うスタートアップ企業の経営者や投資家、大企業の中の新規事業開発の責任者などと接するようになった。彼ら・彼女らと会話する中で、「リーン・スタートアップ」は、私がそれまで取り組んできた、後述する「β版による学習」や「実験に基づく意思決定」の概念と近いと感じるとともに、「リーン・スタートアップ」の概念やフレームワークが、新規事業開発に取り組む人々にとって共通言語的な存在になっていることに気づいた。ただし、断片的に目にする概念やフレームワークについて既視感があったこともあり、これまでは読書の優先順位が高くなってこなかった。

 ところが、読んでみたらところ、概念についてはやはり既視感はあったが、説明のわかりやすさや、このアプローチを導入する際の組織的な抵抗への目配りとその解決方法の提案などフレームワークのきめ細かさにおいて優れた本であると感じた。

 というわけで、「β版による学習」と「実験に基づく意思決定」と「リーン・スタートアップ」の三つの近接する概念を橋渡しする整理をしてみることにする。

「β版による学習」

 「β版による学習」は、私が創業し当時所属していた電通コンサルティングが新規事業の開発を支援する際に重視していたアプローチであり、2011年4月に開催したセミナー「『業態変革のイノベーション』〜マーケティング・ドリブン・ビジネス・デザイン〜」や、その後DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー主催のセミナー、日本マーケティング協会主催のセミナーなどで提唱してきた「マーケティング・ドリブン・ビジネス・デザイン」を構成する三つのステップのうちの一つを構成するものだった。このアプローチを紹介した「しくみづくりイノベーション」の中には次のように書かれている。

“ 顧客の理解が正しかったのか、それをもとにして開発された製品やサービスのあり方は正しかったのか、あるいはその販売方法、そもそものビジネスモデルが適切なのかどうか。それらへの解答は、製品やサービスが市場に投入され、ある程度の期間が過ぎるまではわからない。だからといって、顧客の需要など考えずに、供給側の論理で製品やサービスを提供し、気に入ってもらえればビジネスが成立するといったギャンブルをするのは効率がいいとはいえない。
どうしたらよいのだろうか。前章でみたように、製品やサービスの完成を待たず、顧客に開発や製造のプロセスに参加してもらい、共学習・共進化することで、よりよい製品へと双方の期待と現実を収束させるためのエコシステムを構築すべき、というのがわたしたちの用意した解答だ。その発想の原点にあるのは、「ベータ版」という実践手法である。”

(電通コンサルティング 2012)

 「β版による学習」のヒントの一つは、私が2004年から2006年に早稲田大学ビジネススクールで学んでいたときに出会った、MITのエリック・フォン・ヒッペル教授のイノベーションに関する一連の理論だった。例えば「Sticky Information and the Locus of Problem Solving: Implications for Innovation」という論文 (von Hippel 1994)においては、イノベーションの鍵となる情報がユーザーの利用場面に「粘着」しているため、プロトタイプに基づくユーザーと反復的な学習プロセスを重ねることの有効性を提案している。

 このアプローチは、2000年代前半頃からソフトウェアやウェブサイトの開発において注目されるようになり、当時台頭していたGoogleがこのアプローチをGoogle Mapの開発で活用したことから、新規事業開発に携わる人々の多くに注目されるようになっていた。当時新規事業開発の支援をしていた電通コンサルティングでも、シナリオを構築した「後」の学習プロセスを重ねる時間と資源をいかに確保できるかが、「筋の良い仮説」を「成功する事業」に転換するための鍵と考えていた。

「実験に基づく意思決定」

 この本を出版した一年後、私は、ビジネス実験に基づく意思決定を支援する事業を展開するAPT(Applied Predictive Technologies, 現在はMastercardに買収され、Mastercard Data & Servicesとして事業を継続)に移り、日本事業の立ち上げに携わったのだが、この事業の創業者の一人であるジム・マンジはその著書「Uncontrolled(日本語未訳)」の中で、かつてコンサルタントだったときに「実験」の力に気づいたきっかけについて述べている。

“ The company believed consumers would positively receive this program, but the open question was whether it would lead to enough new sales to justify the substantial extra costs it would require. I developed a complicated analytical process to predict the size of the sales gain, including qualitative and quantitative consumer research, competitive benchmarking, and internal capability modeling. With great pride I described this plan to a partner in our consulting firm, who responded by saying, “Okay . . . but why wouldn’t you just do it to a few stores and see how it works?
This seemed so simple that I thought it couldn’t be right. But as I began a series of objections to his question, I kept stopping myself mid-sentence. I realized that each of my potential responses was incorrect: an experiment really would provide the most definitive available answer to the question.

 ( その会社はこのプログラムが消費者に受け入れられると信じていたが、問いは、このプログラムが、必要とされる多額の追加コストを正当化できるだけの追加的な売上につながるかどうかであった。そこで私は、消費者の質的・量的調査、競合他社のベンチマーキング、社内のケイパビリティのモデリングなど、複雑な分析プロセスを駆使して、得られる売上の大きさを予測した。その予測を当時働いていたコンサルティング会社のパートナーに誇らしく説明したところ、彼は意外な返事をした。「なるほど。ところで、なぜ数店舗でそのプログラムを展開してみて、効果があるかどうかを見ないのですか?」
 あまりに簡単なことなので、そんなはずはないと思った。しかし、彼の質問に対する反論を始めたとき、私は何度も途中で自分を止めざるを得なかった。自分が答えようとしたことが間違っていることに気づいた。確かに実験すれば、問いに対して最も明確な答えが得られる。)”

(Manzi 2012)

 そういえば、ここでジム・マンジが語る「そんなはずはないと思った」という戸惑いは、その後APTの事業を展開する中で、私自身、しばしば目撃することとなった。

 回帰モデルに基づく予測が交絡因子を排除できておらず、それゆえ予測と現実がしばしば乖離し、その補正のために多くの分析者の工数が泥沼のような精度を高める取り組みに投入されることは、データに習熟している経営者や分析者の方々ならばよく知っているはずなのだが、そんな方々でも、実験に対しては、「自らの知性を発揮して問題を解くことを避けて、巻末の答えを見ようとするかのよう」という第一印象を持つらしい。目的合理的に考えると、実験によって得られる意思決定の精度は高く、無用な分析者の工数を抑制でき、そして実験はやってみると意外とコストがかからないのだが、それに気づくまでの時間差は、もしかしたら私たちの「問題解決」というものに対して持つ先入観のせいなのかもしれない。

「響きのよいシナリオが暴走する」問題

 2000年代中盤から2010年代後半まで私が「β版による学習」と「実験に基づく意思決定」に情熱を持って取り組んできた理由の一つは、私自身がプランナーやコンサルタントとして関わる中で、経営の意思決定においてしばしば目にしてきた、「響きのよいシナリオが暴走する」問題を解決したいと思ったからだ。
 「賢い人たち」が集まって議論を重ねると、まさに自社の意義や資源に適合し、世の中の充足のニーズを解決する響きの良いシナリオが出来上がっていくのだが、そのシナリオの響きをさらによくするよう磨き上げていくうちに、そのシナリオが、顧客やその他のステイクホルダーがついてこないフィクションになっていた、ということがしばしば発生する。そして、このような状況は、「賢い人たち」が意味合いのはっきりしないデータを創造的に解釈し、その裏側で自らのポジションに少しずつ有利に持っていけるように、議論を展開しようとする中でしばしば発生する。

 本来ならば、新たに取り組もうとすることの成功を左右するクリティカルな論点が何かを特定し、それらの論点に適合するデータを取得する努力をし、そうやって取得されたデータに基づいて議論を展開すべきところではないかと思われる場面でも、判断を保留してデータを取得するよりも、その場で「限定された合理性」を許容しながら創造的な解釈を展開し、議論の参加者の間で時間を重ねることで納得感(あるいは妥協)を作り、合意が形成されていく。自らの知性を発揮して問題を解くことを避けて、巻末の答えを見ようとする、あるいは、その場で勇敢に意思決定をするのを回避するのが卑怯だと言わんばかりだ。

 このようにして合意を形成されたシナリオの中には、複数の変数の間で仮定と仮定を重ねた「風が吹けば桶屋が儲かる」型のモデルが、それぞれの変数の間のパス係数が1に近いのか0に近いのかによってその結果が大きく変わるのにもかかわらず、そのパスの矢印が引かれているだけで「因果関係がある」ものとなっているものをしばしば目にする。

 この「響きのよいシナリオが暴走する」問題は、「リーン・スタートアップ」で「宇宙船の発射に近い事業計画」として語られている。

“ スタートアップの場合、自動車の運転よりも宇宙船の発射に近い事業計画が多すぎると思う。実行すべき手順とその結果、期待される成果が事細かに記述されているし、ロケットの発射計画と同じように、ごくわずかでも仮説がまちがっていると悲惨な結果がもたらされる計画になっている。
 たとえばあるスタートアップは、新製品に何百万人という規模で顧客がつくと予想していた。立ち上げは世の中の注目を集め、計画どおりの滑り出しだった。しかし、顧客は予想ほど集まらず、その時点でインフラストラクチャーと人員、サポートについて想定顧客に対応できる規模を用意していた会社は状況の変化に対応できずに終わってしまった。計画を忠実かつ的確に実行することに成功した結果、「失敗を達成」してしまったのだ──ふたを開けてみれば計画に大きな不備があったために。”

(Ries 2011)


「実験による意思決定」による「β版による学習」の推進≒「リーン・スタートアップ」

 私自身がこれまで取り組んできた概念を使って「リーン・スタートアップ」を整理するのはいささか我田引水的にはなるが、「リーン・スタートアップ」を、「響きのよいシナリオが暴走する」問題を解決するために提案された、「β版による学習」を「実験による意思決定」により推進しようという概念とそれを支える一連のフレームワークであると整理しても、それほど本質を外していないのではないだろうか。

 例えば「リーン・スタートアップ」の以下の記述は、「β版による学習」の「実験による意思決定」による推進を提案していると言えよう。

“ これに対して、スタートアップをうまく操縦できる方法を教えるのが、リーン・スタートアップ方式である。リーン・スタートアップでは、さまざまな仮説に基づいて複雑な計画を立てるのではなく、構築─計測─学習(Build Measure Learn)というフィードバックループをハンドルとして継続的に調整を行う。ピボット(pivot)をいつすべきなのか、そろそろすべきなのか、あるいはまた、いまのまま方向性を維持して辛抱(persevere)すべきなのかは、この操縦プロセスを通じて学ぶことができる。順調にエンジンの回転が上がったあと、スケールアップして事業を急速に成長させるわけだ。その方法もリーン・スタートアップ方式には用意されている。”

(Ries 2011)

“ リーン・スタートアップでは、スタートアップが行うことを「戦略を検証する実験」としてとらえなおす。戦略のどの部分が優れていてどの部分が狂っているのかを検証する実験だ。実験は科学的手法にのっとって行う。まず、何が起きるのかを予想する仮説を組みたてる。次に、予測と実測とを比較する。科学的実験が理論に基づくように、スタートアップの実験はビジョンに基づいて進める。ビジョンを中心に持続可能な事業を構築する方法を明らかにすることが実験の目標である。”

(Ries 2011)

 「β版による学習」の「実験による意思決定」を、それを推進するための資源投入にフォーカスし、そのために、「響きのよいシナリオ」を磨きこむ時間と資源を抑制し、そのシナリオを体現するプロダクトの機能を揃えたり、それぞれの機能の品質を追求する時間と資源を削ぎ落とした「MVP(Minimal Viable Product: 実用最小限の製品)」に基づく実験を通じていかに顧客との反復的な学習プロセスの回数の時間をより多く確保するかーこのシンプルだが見逃されがちなアプローチを、時間と資源を目的合理的でないところにおいて削ぎ落とすところのキーワードにトヨタ生産方式の「リーン」の概念を使って印象的に説明しているところがうまい。
 概念の提唱においてはオリジナリティも重要であるが、それとともに、世の中にどこまで普及させることができたかも重要である。その意味では、スタンフォード大学のステファン・ブランク准教授が、

“ 考案からわずか数年であるにもかかわらず、この手法の主要概念である「実用最小限の製品」や「ピボット」は瞬く間に起業の世界に根を下ろした。これらを取り入れるために、ビジネス・スクールもすでにカリキュラムの変更に着手した。“
(Blank 2013)

とコメントしている状況を出版後数年で実現し、今日の日本でも、私自身スタートアップ企業やその投資家と協業する中で、「MVPに基づいて何を学習したか? その学習の解像度を高めるために次に何をすべきか?」といった議論を日常的に行なっている状況を鑑みると、この概念は、実務と学術のコミュニティにおいても、鍵となる概念であるという合意形成が進んでいるものと言っても良いだろう。

 ただし、学術研究においては、まだレビュー的な研究が多く、実証的な研究については数が少なく、これからの取り組みが期待される領域でもあります。日本でもこの領域の研究が進むと良いですね。

 

  • Blank, Steven G. (2013) “Why the Lean Start-Up Changes Everything,” Harvard Business Review , May 2013, Harvard Business Publishing. (有 賀 裕子訳 (2013) 「リーン・スタートアップ:大企業での活かし方 GE も活用する事業開発の新たな手法」『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』38(8), 40-51, ダイヤモンド社)
  • Manzi, J. (2012). Uncontrolled: The surprising payoff of trial-and-error for business, politics, and society. Basic Books.
  • Ries, Eric. (2011) The Lean Startup: How Today’s Entrepreneurs Use Continuous Innovation to Create Radically Successful Businesses, Currency. (井口耕二訳 (2012) 『リーン・スタートアップ』 日経 BP)
  • von Hippel, Eric (1994), "Sticky Information and the Locus of Problem Solving: Implications for Innovation,” Management Science, 40(4), 429-439.
  • 電通コンサルティング (2012) 『しくみづくりインベーション』 ダイヤモンド社