及川直彦のテキストのアーカイブ

及川直彦が書いたテキストと興味を持ったテキストのアーカイブ

「底が漏れるバケツ」がもたらしたアイデア

 レスター・ワンダーマンの「売る広告」の中で、世界最大のばら栽培業者Jackson & Perkins(以後「J&P」)の通信販売のマーケティングにおいて、1950年にこのアイデアに出会ったこの場面も、マーケティングの歴史の中に刻むべきものであろう。

 

“ 一年がつつがなく終了すると、パーキンスは感謝のしるしとしてオンタリオ湖のヘンダーソン・ハーバーでのバス釣りに連れていってくれた。私は初めて参加した釣り旅行の第一日目、パーキンス、ジーン・ボーナー、ケン・タック、それにガイドと同船した。ガイドは絶えず大きなカップで湖から水を汲み、それを生きているエサが入ったバケツに注いでいる。何をしているのか尋ねると、バケツの底が漏れるので水を足しているのだという。

 突然、私はひらめいた。これこそJ&Pのビジネスについて探し求めていたイメージだ。一日中アイデアに取り組み、夕食の席でパーキンスに話した。「あなたのビジネスをもっとうまくやる方法を発見しました。あなたは底が漏れるバケツをいつも水でいっぱいにしようとしているんです」。続けて、昼食前にスケッチしていたバケツの絵を見せた。スケッチで底から漏れているのは、買うのをやめた顧客や結局は買わなかった問い合わせ客である。バケツ本体は顧客や新しい見込客であふれている。

 パーキンスに説明した。各シーズン、会社の広告によって13万5千人の見込客が新たに生まれた。そのうちの約10パーセントが顧客になる。これは、新しくバケツに入ってくる大切な要素だ。このバケツには、定期的に購入する顧客と、もう買わなくなった顧客がすでに入っている。この三つをマーケティング変数として考える。バケツに見込客をもっと注ぎ込めば、売上げを増やすことができる。バケツの中にいる人には、ばら以外にもいろいろな植物を売らなければいけない。顧客にならない見込客や買わなくなった顧客は諸経費を吊り上げるだけだ。買わせることができないなら、バケツの底からできるだけ早く流してしまうべきだ。

 その晩のうちに、基本的なマーケティングを修正してビジネスの成長と利益を高めるための作業に取りかかった。私たちが創造したシステムは、今では優れたダイレクトマーケターならみんな利用している。今日これは「データベースマーケティング」とか「リレーションシップマーケティング」と呼ばれている。しかしそもそもはJ&Pの「水漏れするバケツ」を満たすために発明されたのである。一番大事な問題はJ&Pの情報不足だった。顧客に不適切なメールを送っている場合が多かった。何をすでに買っており、今度は何を買いたいと思っているかがわからなかったからだ。それに、顧客の庭の大きさも、そこにすでに何が植えられているかも知らなかった。暗闇でマーケティングをしているような状態だった。

 J&Pは、ばらの苗や他の植物の様々な新種の大量販売マーケターである。顧客と個人的に正しく付き合うには、彼らのニーズをもっと知らなければならない。まず最初のステップとして、リストで「顧客」「見込客」という漠然とした区別の仕方をやめる。購入のタイプや規模や頻度に基づいて分類しなければならない。

 そこで、顧客を最終購入日やそのときの買い物の規模によって区別した。その結果、何も買わないシーズンが4回(2年間)続いたときにはメールの発送リストから外すほうが利益が大きいことを発見した。また、購入するものがばら、多年生植物、果樹などのどれかもわかるようになったので、各グループ別専用の新しいオファーを考案した。ギフトとして購入する人と園芸愛好家、シーズンや注文の規模別に問い合わせ客と実際に注文した客を区別した。このように、顧客を細かく分類し、各顧客について知れば知るほどメールは利益を生むことをJ&Pに説明した。こうして、双方向コミュニケーションが流行するずっと以前に、J&Pは見込客や顧客との対話を創造した。”  (「ワンダーマンの『売る広告』顧客の心をつかむマーケティング」106p-108p)

 

 自社がフォーカスすべき顧客の見極め、見極めた顧客に対するデータからのニーズの学習に基づく提案、その結果実現するチャーン・レートの抑制とLTVの向上...今日のCRM(Customer Relationship Management)の原型ですね。

 

資料: Lester Wunderman (2004), Being Direct, 2nd edition. (藤田浩二監訳「ワンダーマンの『売る広告』顧客の心をつかむマーケティング」翔泳社、2006年)