及川直彦のテキストのアーカイブ

及川直彦が書いたテキストと興味を持ったテキストのアーカイブ

デジタル情報技術が価値創造プロセスに与えた影響の整理 (2023.2)

一般的に「デジタル」と呼ばれる情報技術が、企業が価値を創造するプロセスにおいて、1985年から今日あたりまでの間にどのような影響を与え、何が起こったかについて、ざっくりと整理をしてみました。

 

  • 【前提】価値を創造するプロセスが「物理的な部分」から「情報処理的な部分」に移行している (Porter & Millar 1985)
    • 産業革命は、価値を創造するプロセスにおける「物理的な部分」(例: 製造における加工・組み立て・保管・出荷、物流におけるピッキング・仕分け・梱包・配送)において、人間の労働を機械に代替させることによりコストを低下させることができた。
      このプロセスのコストの低下により、「Price=顧客に提供する製品・サービスの価格)あたりのValue=知覚される価値」(以後「Value/Price」)のうち、Priceの部分を下げることができた。
      すなわち、顧客に提供する製品・サービスのValue/Priceを高めることができた
    • 情報革命は、価値を創造するプロセスにおける「情報処理的な部分」(例: 製造における部品注文・生産計画・欠陥の情報、物流における配送先・個数・納期・運賃・配送計画)において、情報技術により記録・保管されたデータの参照や繰り返し処理の自動化、分析に基づく最適化によりコストを低下させ、従来よりも高度なプロセス(例: 高い粒度の対応、相互連携的な対応)ができるようになるだろう。
      このプロセスのコストの低下と高度化により、顧客に提供する製品・サービスのValue/Priceのうち、Priceの部分を下げ、Valueの部分を上げることができるだろう。
      すなわち、顧客に提供する製品・サービスの価格を下げ、カスタマイズやサービス間の連携などにより価値を高めることにより、Value/Priceを高めることができるだろう。

 

  • 【問い】価値を創造するプロセスの中の「情報処理的な部分」において、Porter & Millar (1985)以後の情報技術の進化はどのような影響を与え、何が起こったか

 

  • 【視点1】3つのアプローチから情報技術の能力が増加している
    • 情報の処理能力(プロセッサ速度)は18ヶ月ごとに(Moore’s Law)、情報の蓄積能力(ストレージ)は12ヶ月ごとに(Kryder’s Law)、情報の流通能力(帯域)は9ヶ月(Amazon)もしくは21ヶ月ごとに(Nielson’s Law) 、倍のペースで成長している

 

  • 【視点2】Lanning & Michaels (1988)は、価値を創造するプロセスを、「価値の選択」「価値の提供」「価値の伝達」の三つで構成される「バリュー・デリバリー・システム」で捉えることを提案している
    • 価値の選択
      • バリュー・ドライバーの理解
      • ターゲットの選択
      • ベネフィットと価格の定義
    • 価値の提供
      • 商品のデザイン・プロセスの設計
      • 調達・製造
      • 流 通
      • サービス
      • 価 格
    • 価値の伝達
      • 販売のメッセージ
      • 広 告
      • 販売促進
      • 広 報

(Lanning & Michaels 1988)
  • 【視点1と視点2の照応-価値の伝達】価値を創造するプロセスの中で、特に「価値の伝達」に関連する部分においては、以下のようなことが起こったのではないか。
    • 【モデル1】ウェブサイトによる情報提供・ウェブブラウザによる情報閲覧が組み合わさった情報環境(以後「ウェブベースの情報環境」)が、企業から顧客に情報を提供するコストを低下させた
    • 【モデル2】ウェブベースの情報環境を利用する企業が増えると顧客が増える⇄顧客が増えると企業が増えるネットワーク効果が発生した
    • 【モデル3-a】ウェブベースの情報環境の利用者が増加することにより、この情報環境を販売チャネルとして活用することで従来の小売チャネルよりもPriceを下げることでValue/Priceを高めることを狙うEC事業者が登場した
    • 【モデル3-b】EC事業者の一部は、情報の蓄積能力/コストの向上を活用して、従来のチャネルよりも豊富な品揃えを拡充することでValueを上げ、Value/Priceを高めた
    • 【モデル3-c】EC事業者の一部は、情報の処理能力/コストの向上を活用して、従来のチャネルよりも容易な注文・決済の手段を提供し取引コストを下げることでValueを上げ、Value/Priceを高めた
    • 【モデル3-d】EC事業者の一部は、情報の処理能力/コストの向上と情報の蓄積能力/コストを組み合わせて活用して、商品のレコメンデーションの精度を向上させ探索コストを下げることでValueを上げ、Value/Priceを高めた
      • 参考: Alba et al. (1997)は、ECが、従来の小売のフォーマットよりもより多くの考慮集合の選択肢を提供し、それらの選択肢の中からより容易な絞り込み(スクリーニング)や定量的な情報収集、注文・配送における顧客の取引コストの低下を可能にしていることを示した。

 

(Alba et al. 1997)
    • 【モデル4-a】ウェブベースの情報環境の利用者が増加することにより、顧客間のインタラクションのコストを下げることでValueを上げ、Value/Priceを高めることを狙うソーシャル・メディア事業者が登場した
    • 【モデル4-b】ソーシャル・メディア事業者の一部は、情報の処理能力/コストの向上と情報の蓄積能力/コストを組み合わせて活用して、表示する情報の閲覧するユーザーの関心に対するマッチングの精度を向上させることでValueを上げ、Value/Priceを高めた
    • 【モデル4-c】ソーシャル・メディア事業者の一部は、情報の処理能力/コストの向上と情報の蓄積能力/コストを組み合わせて活用して、自らの投稿した情報に対する反応を知覚させる手段を提供することでValueを上げ、Value/Priceを高めた
    • 【モデル5-a】ウェブベースの情報環境の利用者が増加することにより、この情報環境を情報提供サービスとして活用することで従来の情報提供サービスよりもPriceを下げることでValue/Priceを高めることを狙う情報提供サービス事業者が登場した
    • 【モデル5-b】情報提供サービス事業者の一部は、情報の処理能力/コストの向上と情報の蓄積能力/コストを組み合わせて活用して、表示する情報や広告の閲覧するユーザーの関心に対するマッチングの精度を向上させることでValueを上げ、Value/Priceを高めた
    • 【モデル6】企業は、自社の製品・サービスの価値を伝達するために、従来型のチャネルやメディアを活用するとともに、利用者が増加したEC事業者やソーシャル・メディア事業者、情報提供サービス事業者を活用したり、これらの事業者が提供している価値を自社が主体で展開したりするようになった

 

  • 【視点1と視点2の照応-価値の選択】価値を創造するプロセスの中で、特に「価値の選択」の部分においては、以下のようなことが起こったのではないか。
    • 【モデル7】EC事業者やソーシャル・メディア事業者、情報提供サービス事業者から提供されるデータや、自社のサービスを通じて、ウェブベースの情報環境の利用者の登録データや閲覧・購買履歴データを活用することにより、従来よりも高い粒度のセグメンテーションに基づき、対象セグメントごとに、自社の提供する製品・サービスの価値を構成する要素(Value Driver)にフォーカスすることでValueを維持しながらPriceを下げ、Value/Priceを高めるようになった

 

  • 【視点1と視点2の照応-価値の提供】価値を創造するプロセスの中で、特に「価値の提供」に関連する部分においては、以下のようなことが起こったのではないか。
    • 【モデル8-a】ウェブベースの情報環境の利用者が増加することにより、この情報環境を社員間や部門間、取引先企業間のコミュニケーションとして活用することで従来よりも容易なやりとりの手段を提供し取引コストを下げることでValueを上げ、Value/Priceを高めることを狙うB2Bサービス事業者が登場した
    • 【モデル8-b】B2Bサービス事業者の一部は、情報の処理能力/コストの向上と情報の蓄積能力/コストを組み合わせて活用して、表示する情報や機能の利用する閲覧するユーザーのニーズに対する適合度を向上させることでValueを上げ、Value/Priceを高めた

 

  • 【視点1と視点2の照応-その他】価値を創造するプロセスの「価値の選択」「価値の提供」「価値の伝達」に横断的に影響するものとして、以下のようなことが起こっていたのではないか
    • 【モデル9】情報の流通能力が向上することにより、広帯域が必要とされるデータ(例: 動画)が活用できるようになることにより、主としてモデル3-a、モデル4-a、モデル5-a、モデル6、モデル7、モデル8aにおいて、利用者が知覚する価値を高めることでValueが上がり、Value/Priceが高まる
    • 【モデル10】情報の流通能力がモバイル利用においても整備され、端末の情報の処理能力が向上することにより、常時閲覧できるウェブベースの情報環境が実現することにより、主としてモデル2、モデル3-a、モデル4-a、モデル5-a、モデル6、モデル7、モデル8aにおいて、利用者が知覚する価値を高めることでValueが上がり、Value/Priceが高まる
    • 【モデル11】情報の流通能力がセンサー装置においても整備され、価値を創造するプロセスの中で「物理的な部分」と近接する情報が取得されることにより、主としてモデル8-aにおいて、利用者が知覚する価値を高めることでValueが上がり、Value/Priceが高まる
    • 【モデル12】情報の処理能力/コストの向上と情報の蓄積能力/コストを組み合わせて活用するデータ分析の技術自体が進化することにより、主としてモデル3-d、モデル4-b、モデル4-c、モデル5-b、モデル7、モデル8bにおいて、利用者が知覚する価値を高めることでValueが上がり、Value/Priceが高まる


資料:
Alba, J., Lynch, J., Weitz, B., Janiszewski, C., Lutz, R., Sawyer, A., & Wood, S. (1997). Interactive home shopping: consumer, retailer, and manufacturer incentives to participate in electronic marketplaces. Journal of marketing61(3), 38-53.

Lanning, M. J., & Michaels, E. G. (1988). A business is a value delivery system. McKinsey staff paper41(July).

Porter, M. E., & Millar, V. E. (1985). How information gives you competitive advantage. Harvard Business Review, 63, 149-160.