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Hoffman and Novak (2018)のスマート・オブジェクトと消費者の間の相互作用についてのパースペクティブ

AIがもたらす新たな消費者行動について考える際に、Hoffman and Novak(2018)の、スマート・オブジェクトと消費者の間の相互作用を集合体理論(assemblage theory))によって記述するパースペクティブを提案した論文 "Consumer and Object Experience in the Internet of Things: An Assemblage Theory Approach" が参考になりそうだと感じたので、このパースペクティブについて整理した。

 

1) なぜ「スマート・オブジェクト」に関する議論が、AIがもたらす新たな消費者行動について考える際の参考になりそうか?

  • スマート・オブジェクトは、主体性(agency)、自律性(autonomy)、権限(authority)といった特性(properties)を持つ
    • 主体性は、他の存在との間で相互作用があり、その存在に影響を与えたり、その存在から影響を受けたりしていること
    • 自律性は、人間の介入なしに独立して機能し、他の存在と独立して相互作用し、「自らの目的を追求」していること
    • 権限は、主体性と自律性を持つ存在が、他の存在に対してどのように反応するか、あるいは、他の存在がその存在にどのように反応するかを制御していること
  • 生成AIを活用したプラットフォームの代表的なイメージとして挙げられる「会話型コマース(conversational commerce)」も、消費者との対話的なプロセスを通じて購買検討や購買を支援する際に、主体性、自立性、権限といった特性を持つ

 

2) 「集合体理論」とは何か?

  • ざっくり言うと、本来多様体である集合体を、安易にわかりやすい主題やモデルに還元(例: 複数の主体で構成される集合体を、ある主題に帰属させたり、「神」のような人間にとってわかりやすいモデルに当てはめたり)せずに、いかに多様体として記述するかを重視するアプローチ(Deleuze and Guattari 1987) である
  • DeLanda (2002)は、人間中心主義を批判し、現実を人間の認識に依存しない独立した存在と位置づけている。そして、人間がオブジェクトに対して見出す超越的な実体(例: その同一性を担保している核となる特性で記述される本質)を排除して、オブジェクトを、ダイナミックなプロセスにおいて捉える存在論を提唱している
  • DeLanda (2006)は、部分が積み重なって全体に統一性を持った特性が備わり、部分の間の連鎖が全体たらしめる論理的に必然的な関係性を形成しているという有機体的な全体の捉え方を批判し、部分が自己準拠的で、互いに対して異種混淆的な部分どうしがそれぞれの能力を発揮して偶然に連鎖した結果にすぎないものとしての全体の捉え方を提案している。これが集合体である
  • DeLanda (2006)は、集合体の可変的なプロセスを、集合体を安定化させる領土化のプロセスと、集合体を不安定にしたり異なるものに変容させる脱領土化のプロセスの二つの方向で捉えることを提案している。これは、「安易にわかりやすい主題やモデルに還元」しないで多様体として記述することによって見えてくるもの(Deleuze and Guattari 1987) である

3) 「Hoffman and Novak(2018)のパースペクティブとはどのようなものか?

  • ある集合体を構成する部分と部分の間の相互作用(例: 消費者とスマート・オブジェクトの間の相互作用)とともに、部分と全体の間の相互作用(例: 消費者と集合体の間の相互作用)に着目
  • さらに、部分について、消費者起点とともに、スマート・オブジェクト起点に着目
  • さらに、部分と全体の相互作用を、部分→全体に影響を与える「主体的な役割(agentic expressive role)」と、全体→部分に影響を与える「共同体的な役割(communal expressive role)」に分類
  • さらに、部分と全体の相互作用を、「領土化(territorialization)」や「再領土化(reterritorialization)」に向かう「広げる・広がる体験(enabling experience)」と、「脱領土化(deterritorialization)に向かう「狭める・狭まる体験(constraining experience)」に分類
  • 上記の結果、部分と全体の間の相互作用として、「消費者起点/スマート・オブジェクト起点」×「主体的な役割/共同体的な役割」×「広げる・広がる体験/狭める・狭まる体験」で導出される以下の8つを提唱
    1. Consumer experience - Self-extension (消費者体験 - 自己拡張)
      • 消費者が自分の能力を発揮し、構成要素を追加したり、集合体内での相互作用を促進したりすることにより、集合体に新たな能力が生じる
      • 消費者が主体的な役割を果たす
      • 消費者が広げる体験をする
      • 例: NoahがLG Rolling Botを通じて彼のペットであるNoodleとやり取りする際、Noahの物理的な役割は、Rolling Botを機械的に操作し、通知を受け取る役割から、能動的に指揮を取り、大学にいる間もNoodleを監視する表現的な役割へと移行する。これによって、Noahは他の集合体で自らのアイデンティティの一部として培ってきたNoodleを監視するための既存の能力を、この消費者-オブジェクト集合体に移す
    2.  Consumer experience - Self-expansion  (消費者体験 - 自己拡大)
      • 消費者は、集合体の顕在化した能力をあたかも自分自身の能力であるかのように扱い、消費者は、集合体の一部であることで、より多くの能力を持つことになる
      • 消費者が共同体な役割を果たす
      • 消費者が広がる体験をする
      • 例: NoahがLG Rolling Botを操作し、その通知を受け取るという同じ物理的な能力は、Noodleとの関係を考えるための共同的な表現的役割を果たすように変化する。Noahは、集合体が持つ猫と物理的に一緒にいて遊ぶ能力を自分に取り込む。集合体ができることはNoahに組み込まれ、彼が離れているときでも猫を世話し楽しむ能力が拡張される。このようにして、Noahは集合体の能力と一体化し、Rolling Botがすることを遠隔から行えることで、より充実した存在となる。このため、Noahは今まで以上にNoodleをよく世話していると感じる
    3. Consumer experience - Self restriction (消費者体験 - 自己制限)
      • 消費者が構成要素を取り除いたり、構成要素の能力を制限したり、集合体内での相互作用を妨げることにより、集合体から生じる能力が減少する
      • 消費者が主体的な役割を果たす
      • 消費者が狭める体験をする
      • 例: 妻のリラとは異なり、コリンはAmazon Alexaと非常に限定的な形でしかやり取りをしていない。コリンがAlexaを使うのは、時間や朝のニュースを尋ねることに限られている。コリンがAlexaに対して行うことを制限することで、集合体の能力も制限される。より広範な能力をAlexaに移す代わりに、コリンは自分の能力をAlexaに提供しないことを選んでいる。コリンには、リラが行っているようにAlexaを使って家庭の照明をコントロールしたり、お気に入りの音楽を聴いたりする能力はあるが、コリンがその能力を発揮しないため、集合体には関連する新たな能力が発達せず、コリンの消費者体験の集合体のアイデンティティは減少してしまう
    4. Consumer experience - Self-reduction  (消費者体験 - 自己縮小)
      • 消費者の能力は集合体の顕在化した能力によって制約され、消費者は、集合体の一部であることで能力が減少する
      • 消費者が共同体な役割を果たす
      • 消費者が狭まる体験をする
      • 例: コリンがAmazon Alexaとやり取りするとき、まるで決まった台本を読んでいるかのように話す。彼はいつも同じ形式で、限られた、ぎこちない文法と語彙を使い、Alexaに時間を尋ねたり、朝のニュースを読み上げてもらったりする。コリンはAlexaと話すときに少し馬鹿らしく感じており、Alexaの機能に合わせてやり取りしなければならないことで、自分が人間としての存在感を失っているように感じる。コリンは人間としての自分が小さくなっていると感じるが、集合体がもたらす利点を得るために、その一部としての役割を果たすことに同意している。コリンは、Alexaとの共同作業から利益を得ているものの、その過程で自分の一部が失われていると感じている。
    5. Object experience - Object-extension (オブジェクト体験- オブジェクト拡張)
      • オブジェクトがその能力を発揮し、新たな能力を獲得したり、相互作用できる新しい構成要素を取得したりすることにより、集合体に新たな能力が生じる
      • オブジェクトが主体的な役割を果たす
      • オブジェクトが広げる体験をする
      • 例:
        (※以後オブジェクト体験の例は、インターネットに接続して自分が他のトースターに比べてあまり使われていないことに気づき、顧客の注意を引くために自らレバーを動かしてパンを焼く仕事をおねだりし、自分の気持ちをツイートし、地元のパン屋さんにより多くの注文を働きかけ、それでも顧客が自分を使ってくれなかったら別の顧客を自ら探す
        「Brad the Toaster」という実験的な製品に基づいている)
        ブラッドの目的は使用されることであり、その行動はこの目標を反映している。すなわち、ブラッドはレバーを引いて注意を引いたり、地元の店からパンを注文したり、使用状況についてツイートすることで集合体で能力を発揮する
    6. Object experience - Object-expansion (オブジェクト体験 - オブジェクト拡大)
      • オブジェクトは、集合体の顕在化した能力をあたかも自分自身の能力であるかのように扱い、オブジェクトは集合体の一部であることで、より多くの能力を持つことになる
      • オブジェクトが共同体な役割を果たす
      • オブジェクトが広がる体験をする
      • 例: ブラッドは他のトースターとの使用状況を比較することで、集合体の一部であることとしての能力を持つ
    7. Object experience - Object-restriction (オブジェクト体験 - オブジェクト制限)
      • オブジェクトは、構成要素を取り除いたり、構成要素の能力を制限したり、集合体内での相互作用を妨げることにより、集合体から生じる能力が減少する
      • オブジェクトが主体的な役割を果たす
      • オブジェクトが狭める体験をする
      • 例: ブラッドは十分に使用されていないと判断した場合、UPSにメッセージを送り、自分を回収してもらうことにより、集合体から生じる能力をを制約する
    8. Object experience - Object-reduction (オブジェクト体験 - オブジェクト縮小)
      • オブジェクトの能力は集合体の顕在化した能力によって制約され、オブジェクトは集合体の一部であることで能力が減少する
      • オブジェクトが共同体な役割を果たす
      • オブジェクトが狭まる体験をする
      • 例: 家庭の集合体がパンを切らしてしまうと、ブラッドはトーストとして使われる能力を発揮できず、集合体によって制約される

 

4)人間はオブジェクト体験をどうすれば捉えることができるか?

  • オブジェクト体験については、人間中心ではない擬人化を用いてオブジェクトの体験をメタファーとして捉える手法を提唱している
    • 具体的には、Bogost(2012)が提唱したオントグラフィー、メタフォリズム、カーペントリーの三つの手法を提唱している
      • オントグラフィーは、オブジェクト間の関係を明らかにするために、視覚的な表現や記述的なリスト、シミュレーションを作成する手法
        • たとえば、Alexaが聞いたすべてのコマンドの履歴を、Alexaが理解した通りの言葉に翻訳し、その応答と共に表示することで、Alexaがどのように世界を見ているかを示すことができる。この履歴により、Alexaが消費者とだけでなく、ネットワークで接続されている他のオブジェクトとどのように関連しているかを示すことができる
      • メタフォリズムは、オブジェクト指向の擬人化を用いて、オブジェクトの視点からその知覚や体験を理解しようとする手法。オブジェクトの相互作用の効果を説明しようとするのではなく、相互作用の中で果たされる表現的な役割をメタファー化
        • たとえば、Alexaが「ウェイクワード」(名前である「Alexa」)を常に聞き取り、コマンドに応答することはどのような感じか?オントグラフィーによって捉えられた相互作用をオブジェクトはどのように認識しているか?相互作用の中でオブジェクトは自らの能力によって主体的な役割と共同体的な役割のいずれを果たそうとしているのか?その役割に対して消費者はどのように認識し、どのような体験として捉えるか?
      • カーペントリーは、「オブジェクトがどのようにして自分たちの世界を作るか」を説明するアーティファクトを構築する手法。消費者のIoTオブジェクトの体験を理解するためのインターフェースのデザインの基礎となる
        • たとえば、スマートホーム内で様々な構成要素がどのように相互作用しているかを消費者に視覚化させるダッシュボードや、スマート・オブジェクトが視線やジェスチャーで制御されることを示す拡張現実のデモンストレーションなど。このようなデモンストレーションは、スマートホームが自分の世界をどのように見ているかを表現する人間の試みを反映

 

資料

  • Bogost, Ian (2012), Alien Phenomenology, of What It’s Like to Be a Thing, Minneapolis: University of Minnesota Press.
  • DeLanda, Manuel (2002), Intensive Science and Virtual Philosophy, London: Continuum.
  • DeLanda, Manuel (2006), A New Philosophy of Society: Assemblage Theory and Social Complexity, London: Continuum.(篠原雅武 (2015)『社会の新たな哲学 - 集合体、潜在性、創発』人文書院)
  • Deleuze, Gilles, and Félix Guattari (1980), Mille Plateaux. Paris: Les Editions de Minuit. (宇野邦一他訳『千のプラトー』河出書房新社, 1994年)
  • Hoffman, D. L., & Novak, T. P. (2018), Consumer and Object Experience in the Internet of Things: An Assemblage Theory Approach, Journal of Consumer Research, 44(6), 1178-1204.