及川直彦のテキストのアーカイブ

及川直彦が書いたテキストと興味を持ったテキストのアーカイブ

アレンジメント(アジャンスマン・アセンブラージュ)についてのメモ

生成AIと消費者行動について考えている流れで、Novak and Hoffman (2019)を読んでいる中で、"our view of consumer relationships with objects is grounded in assemblage theory"とあり、その中でDelueze and Guattari (1987)が言及されていた。
Delueze and Guattari (1987)って...やはり『千のプラトー』の英語版ですよね。あれ、「アジャンスマン」なんて概念あったっけ。
というわけで、30年ぶりに『千のプラトー』を読んでみた。
 
『千のプラトー』の最初に出てくるこの文章は、多くの読者にとって最も印象に残る部分だろう。あるいは、このあたりまで読んで、そのままの読者が多いという方が正確な表現か(笑)
「一冊の本には対象もなければ主題もない。本はさまざまな具合に形作られる素材や、それぞれ全く異なる日付や速度でできているのだ。本を何かある主題に帰属させるということはたちどころに、さまざまな素材の働きを、そしてそれら素材間の関係の外部性をないがしろにすることになる。地質学的な運動のかわりに、人は神様をでっちあげたりする。あらゆるものと同じで、本というものにおいても、文節線あるいは切片性の線があり、地層があり、領土性がある。また逃走線があり、脱領土化および脱地層化の運度もある。こうしたもろもろの線にしたがって生じる流出の速度の比較的な差が、相対的な遅れや、粘性や、あるいは逆に加速や切断といった現象をもたらすのだ。こうしたものすべて、測定可能なもろもろの線や速度は、一つのアレンジメントを形成する。本はそのようなアレンジメントであり、そのようなものとして、何ものにも帰属しえない。それは一個の多様体なのだ」 (宇野邦一他訳『千のプラトー』河出書房新社, 1994年)
 アレンジメントを、安易な還元(例" 何かある主題に帰属させたり、「神」のような人間にとってわかりやすいモデルに当てはめたりすること)をせずに、いかに多様体として記述するかーこれこそが、哲学者ドゥルーズと精神科医ガタリが『千のプラトー』の前の『アンチ・オイディプス』から取り組んでいたテーマだ。
ちなみに、この部分についてオリジナル、英語訳と照らしあわてみると...
 
オリジナル:
"Un livre n'a pas d'objet ni de sujet, il est fait de matières diversement formées, de dates et de vitesses très différentes. Dès qu'on attribue le livre à un sujet, on néglige ce travail des matières, et l'extériorité de leurs relations. On fabrique un bon Dieu pour des mouvements géologiques. Dans un livre comme dans toute chose, il y a des lignes d'articulation ou de segmentarité, des strates, des territorialités; mais aussi des lignes de fuite, des mouvements de déterritorialisation et de déstratification. Les vitesses comparées d'écoulement d'après ces lignes entraînent des phénomènes de retard relatif, de viscosité, ou au contraire de précipitation et de rupture. Tout cela, les lignes et les vitesses mesurables, constitue un agencement. Un livre est un tel agencement, comme tel inattribuable. C'est une multiplicité." (Deleuze and Guattari 1980)
英語訳:
”A book has neither object nor subject; it is made of variously formed matters, and very different dates and speeds. To attribute the book to a subject is to overlook this working of matters, and the exteriority of their relations. It is to fabricate a beneficent God to explain geological movements. In a book, as in all things, there are lines of articulation or segmentarity, strata and territories; but also lines of flight, movements of deterritorialization and destratification. Comparative rates of flow on these lines produce phenomena of relative slowness and viscosity, or, on the contrary, of acceleration and rupture. All this, lines and measurable speeds, constitutes an assemblage. A book is an assemblage of this kind, and as such is unattributable. It is a multiplicity.” (Deleuze and Guattari 1987)
...なるほど、「アレンジメント」≒ "agencement (フランス語)"≒ "assemblage (英語)"というわけで、Novak and Hoffman (2018)のassemblage theoryが参照しているのは、『千のプラトー』の「アレンジメント」という理解で良さそう。
それでは、本来多様体であるアレンジメントを、安易な還元を避けて記述するとどのようになるのだろうか。その具体例が、これに続く以下のテキストから始まる膨大な記述となる。
「機械状アレンジメントは地層の方へ向けられており、地層はこのアレンジメントをおそらく一種の有機体に、あるいは意味作用を行う一個の全体に、あるいは一個の主体に帰属しうる一つの規定にしてしまう。しかしこのアレンジメントはまた器官なき身体の方へも向けられており、こちらは絶えず有機体を解体し、意味作用のない微粒子群や純粋な強度を通わせ循環させ、そして自らにもろもろの主体をたえず帰属させ、それらの主体には強度の痕跡として一個の名前だけを残すのだ」 (宇野邦一他訳『千のプラトー』河出書房新社, 1994年)
アレンジメントが「機械状アレンジメント (agencement machinique)」と言い換えられ、アレンジメントをある一個の主体に帰属させるのとは逆の方向として「器官なき身体 (corps sans organes )」が登場するが、これは『アンチ・オイディプス』の以下の部分に通じている。
「<それ>は作動している。ときには流れるように、時には時々止まりながら、いたるところで<それ>は作動している。<それ>は呼吸し、<それ>は熱を出し、<それ>は食べる。<それ>は大便をし、<それ>は肉体関係を結ぶ。にもかかわらず、これらをひとまとめに総称して<それ>と読んでしまったことは、なんたる誤りであることか。いたるところで、これらは種々の諸機械なのである。しかも、決して隠喩的に機械であるというのではない。これらは、互いに連結し、接続して、〔他の機械を動かし、他の機械に動かされる〕機械の機械なのである」(市倉宏祐訳『アンチ・オイディプス』河出書房新社, 1986年)
「欲望機械は、私たちに有機体を与える。ところが、この生産の真っ只中で、この生産そのものにおいて、この生産そのものにおいて、身体は、組織される〔有機化される〕ことに苦しみ、つまり別の組織を持たないことを苦しんでいる。いっそ、全く組織などない方がいいのだ。こうして過程の最中に、第三の契機として、『不可解な、直立状態の停止』がやってくる。そこには、『口もない。舌もない。歯もない。喉もない。食堂もない。胃もない。腹もない。肛門もない。』もろもろの自動機械装置は停止して、それらが文節していた非有機体的な塊を出現される。この器官なき充実身体は、非生産的なもの、不毛なものであり、発生してきたものではなくて始めからあったもの、消費しえないものである」 (市倉宏祐訳『アンチ・オイディプス』河出書房新社, 1986年)
一個の主体を起点として、私たちが慣れ親しんだテーマやモデルに還元されるように閉じられていく記述にとどめず、そのようなあり方をゼロベースで批判する「器官なき身体」的な批判を経て、より開かれた記述を試み続けることーそれを継続することにより、アレンジメントの多様性を担保していくアプローチが、Novak and Hoffman (2019)が言及しているassemblage theoryのベースになっているようである。
 
Novak and Hoffman (2019)は、消費者とオブジェクトの関係を捉える際に、私たちは以下のようなモデルに慣れ親しんでいて、それらのモデルが、消費者とスマートオブジェクトの間のインタラクションについての記述を閉じている可能性を指摘している。
  • 消費者はオブジェクトに関わる際に、オブジェクトに単なる機能以上の意味性を感じる、あるいは、特定のオブジェクト(例: ブランド)に対して、単なる取引関係を超えた感情(例: パートナーである感覚)を抱く
  • 消費者は、コンピュータがあたかも人間のように振る舞うことにより良好な関係を構築しやすくなる
  • オブジェクトは、消費者と関わることによってはじめてその能力が発揮される
これらのモデルは、いずれも消費者を起点とした記述である。こういった記述を批判し、消費者とスマートオブジェクトの間のインタラクションを、両者を俯瞰する視点から記述することによって見えてくる視点があるのではないかとNovak and Hoffman (2019)は問題提起し、その具体的なアプローチを提案しているが、こちらについては別の機会で紹介したい。
 
参考文献
Deleuze, Gilles, and Félix Guattari (1972). L’Anti-Oedipe: capitalisme et schizophrénie. Paris: Les Editions de Minuit. 3. (市倉宏祐訳『アンチ・オイディプス』河出書房新社, 1986年)
Deleuze, Gilles, and Félix Guattari (1980). Mille Plateaux. Paris: Les Editions de Minuit. (宇野邦一他訳『千のプラトー』河出書房新社, 1994年)
Deleuze, Gilles, and Félix Guattari (1987). A thousand plateaus. Translated by Brian Massumi. Minneapolis: University of Minnesota Press.
Novak, Thomas P., and Donna L.Hoffman (2019). Relationship journeys in the internet of things: a new framework for understanding interactions between consumers and smart objects. Journal of the Academy of Marketing Science, 47, 216-237.

パーソナライゼーションと生成AIについての整理

はじめに

 生成AIのマーケティング活用に関する議論の中で、生成AIをパーソナライゼーションに活用することに期待するものを見かけることがある。この議論に対して、「その議論で前提にしているのは生成AIとは違うのでは」という違和感があるのは私だけだろうか。というわけで、このテーマについて整理してみる。

 まず、この議論の起点になっているらしいのは、引用関係を調べていくと、どうやらBoston Consulting Groupが2023年4月に米国のCMO200人を対象に実施したこの調査の結果のようである。(Ratajczak 2023)

 この調査において、「生成AI活用においてフォーカスする領域」という問いに対して最も多かった回答は”Personalization”だった。

 今日私たちが目にしている生成AIのマーケティング活用の事例は、この調査で2位の「インサイトの創出」や3位の「コンテンツの生成」に関わるものは多く見かけるが、「パーソナライゼーション」に関わるものは...そんなにあっただろうか。そもそも生成AIはパーソナライゼーションに使うことができるものなのだろうか。

パーソナライゼーションとは

 この問いについて考える前提として、まずパーソナライゼーションとは何かについて整理する。

 Arora et al. (2008)は、パーソナライゼーションは、セグメンテーションの度合いがマスよりもワン・トゥ・ワンに近いものであり、取り組みを主導するのが顧客側よりも企業側であると定義した。セグメンテーションの度合いがワン・トゥ・ワンであるというのは、Peppers and Rogers (1997)が提唱した、セグメンテーションの究極形としてそのサイズを1人としたワン・トゥ・ワンの概念に沿ったものである。取り組みが企業主導であるというのは、その取り組みが顧客主導であるカスタマイズとは逆の方向である。例えば、Amazonの書籍や楽曲のレコメンデーションは、企業側が、それまでに収集した顧客のデータなどに基づいて、顧客に対してどのようなオファーが適切かを決めるパーソナライゼーションであり、Dellのパソコンの受注生産は、顧客それぞれが、自分の求める機能やスペックに合わせたものを決めるカスタマイゼーションであるという整理である。

 そして、パーソナライゼーションの実務における意味合いを、短期的にレンポンス率を高め、長期的に顧客満足を高め、それらによってより利益を高めるアプローチと整理した。

 Adomavicius (2005)は、パーソナライゼーションの具体的プロセスについて、顧客の理解、オファーの提供、インパクトの測定の三つの段階で構成されると整理した。

  • 顧客の理解: 顧客に関する包括的な情報を収集し、顧客プロファイルの形で保存された実用的な知識に変換することにより顧客を理解する

    • ※この部分は、後述するDavenport (2023)の機械学習モデルを活用したハイパーパーソナライゼーションにより、「顧客の理解」「顧客プロファイル」という言葉から想起される一般的な顧客洞察よりもはるかに粒度が高く、人間の認知限界を超えたものになっている
  • オファーの提供: 顧客プロファイルに基づいてパーソナライズ・エンジンなどを活用しながら最適なオファーを特定し、パーソナライズされたオファーを提供する

  • インパクトの測定: 顧客がオファーに対してどれくらいレスポンスし、満足したかを測定することにより、さらに顧客の理解を深め、提供するオファーを改善する

 Davenport (2023)は、パーソナライゼーションにおいて鍵となるのは、オファーの適合度を高めるセグメンテーションの精度であることを示唆した。

 そして、そのために、顧客のセグメンテーションにより多くの種類のデータを活用することにより、セグメンテーションの粒度を、オファーの適合度をより高めるような切り方で高めることが期待されてきたが、そのためには、従来活用されてきたルール・ベースは「切れ味が悪い道具」であり、より洗練され、精度が高く、実行が難しいハイパー・パーソナライゼーションを実行するためには、機械学習モデルが必要となると主張した。

 ハイパーパーソナライゼーションに使われる機械学習モデルは、主として教師あり学習、教師なし学習、強化学習および多変量A/Bテストであり、そのうち教師あり学習、強化学習および多変量A/Bテストは、ルール・ベースよりも高いインパクトが期待できるが、教師なし学習はルールベースとそれほどインパクトが違わないことが多いこと、教師あり学習と強化学習は、「ディープラーニング」と組みわせることでさらなるインパクトも期待されるが、擬似相関の問題は解決できていないこと、多変量A/Bテストは擬似相関の問題を解決し因果関係を特定できることも指摘している。

生成AIとは

 次に、生成AIとは何かについて整理する。

 Ali et al. (2004)は、生成AIは学習させたサンプルと類似した新しいデータのサンプルを作成する技術であると定義した。生成AIアルゴリズムは機械学習モデルの一種であり、学習させたサンプルと類似した新しいデータのサンプルを作成するために使用される。このアルゴリズムは、テキスト、画像、ビデオ、3Dモデル、音楽など様々なメディアの生成に使用されている 。

 Hadi et al, (2023)は、生成AIにより、例えば以下のようなタスクの実行を可能にすると整理している。

A. 人間と情報システムの間のインターフェース

  • Question-answering: ユーザが自然言語で投げかけた質問に対して回答を得ることができる
  • Virtual Assistance: バーチャル・アシスタントやチャットボットにおいて、ユーザのクエリーに適合した情報を、自然な会話のように提供することができる

  • Dialog Systems: 対話システムにおいて、ユーザに対して理解を容易にし、より感情移入させ効率的な会話の体験を実現できる

B. 人間が行うコンテンツ制作やプログラミングの自動実行

  • Text Generation: 記事、ブログ、リサーチペーパー、ソーシャルメディアへの投稿、商品の説明、ソースコード、電子メールなど多様なコンテンツの生成のプロセスを自動化することができる

    • ※Hadi et al. 2023以後に、テキスト以外にも画像、動画などのテキスト以外のモードに広がっている

  • Language Translation: ある言語から他の言語に高い精度と流暢さで翻訳することができる

  • Summarization: 長文のテキストや文書について簡潔で筋の通った要約を生成することができる

C. 人間が行う分析の自動実行

  • Text Classification: ユーザが指定したラベルやトピックスに基づいて、テキストを分析、分類することができる
  • Information Extraction: ファインチューンされたLLMを使うことによって、非構造的なテキストから構造を特定することができる。例えば人物間や組織間の関係や、鍵となるイベントの特定など
  • Semantic Search: セマンティック検索(自然言語の意味を理解し、意味に沿った結果を提供)において、ユーザのクエリーの背景にある意図や意味の理解力を高めることにより、検索の正確性や適合性を高めることができる

  • Speech Recognition: 音声認識において、音声からテキストにマッピングする際に活用されるモデルの対応範囲が高まることにより、聞き取る性能を高めることができる

パーソナライゼーション×生成AIの可能性

 パーソナライゼーションのプロセスと生成AIの実行できるタスクを照らし合わせると、オファーの提供」の部分を支援する可能性はあるが、「顧客の理解」「インパクトの測定」には関係がなさそうである。

 まず、パーソナライゼーションの「オファーの提供」は、生成AIの「人間が行うコンテンツ制作やプログラミングの自動実行」によって加速されそうである。生成AIによって人間が行ってきたコンテンツ制作のコストが下がることにより、同じコストあたりで作成できるオファーのタイプ、バリエーションを増やすことができるようになり、それがオファーの顧客に対する適合度につながるならば、短期的にレンポンス率を高め、長期的に顧客満足を高め、それらによってより利益を高めることが期待できる。

 パーソナライゼーションの「顧客の理解」は、生成AIの「人間が実行する分析の自動実行」とはそれほど関連性は高くなさそうだが、テストできるコンテンツが増えることによりセグメンテーションの精度の向上はできそうである。テキストなど非構造的なデータは個々のセグメントに対するインサイトを深めるヒントにはなるが、構造的なセグメンテーションそのものを生成するモデルには使いにくそうである。ただし、生成AIによって制作したコンテンツを多変量A/Bテストで検証することにより、それぞれのコンテンツについて高い効果が期待できるセグメントをアップリフトモデリングにより特定することで、セグメンテーションの精度を高めることはできるだろう。

 「インパクトの測定」は、構造的な定量データに基づいて行うものが一般的であり、テキストなど非構造的なデータは個々のセグメントに対する態度データを提供するだろうが、パーソナライゼーションにおいては補完的な活用にとどまりそうである。

 となると、パーソナライズにおける生成AIの活用は期待されているよりも限定的であり、むしろ教師あり学習や強化学習、多変量A/Bテストの方が、そのインパクトを高める鍵となるのではないか。

 もしかしたら、Boston Consulting Groupの2023年4月の調査に回答した米国のCMO200人は、生成AIと、教師あり学習や強化学習、多変量A/Bテストなどそれ以前から注目されてきた機械学習を活用したAIや分析技術とを区別できていなかったのかもしれない。

 

資料

Adomavicius, G., & Tuzhilin, A. (2005). Personalization technologies: a process-oriented perspective. Communications of the ACM, 48(10), 83-90.

Ali, S., Ravi, P., Williams, R., DiPaola, D., & Breazeal, C. (2024, March). Constructing dreams using generative AI. In Proceedings of the AAAI Conference on Artificial Intelligence (Vol. 38, No. 21, pp. 23268-23275).

Arora, N., Dreze, X., Ghose, A., Hess, J. D., Iyengar, R., Jing, B., Kumar, V., Lurie, N., Neslin, S., & Zhang, Z. J. (2008). Putting one‐to‐one marketing to work: Personalization, customization, and choice. Marketing Letters, 19(3), 305–321.

Davenport, T. H. (2023). Hyper-Personalization for Customer Engagement with Artificial Intelligence. Management and Business Review, 3(1).

Hadi, M.U.; Qureshi, R.; Shah, A.; Irfan, M.; Zafar, A.; Shaikh, M.B.; Akhtar, N.; Wu, J.; Mirjalili, S. (2023). A survey on large language models: Applications, challenges, limitations, and practical usage. Authorea Preprints.

Peppers, D., & Rogers, M. (1997). Enterprise one to one: Tools for competing in the interactive age.

Ratajczak, D., Kropp, M., Palumbo, S., de Bellefonds, N., Apotheker, J., Willersdorf, S. & Paizanis, G., (2023). How CMOs Are Succeeding with Generative AI June 15,

https://www.bcg.com/publications/2023/generative-ai-in-marketing〉.

 

繰り返しとバリエーションの効果(続き)

前回の「繰り返しとバリエーションの効果」を書いたときに探していた、

"我々は「以前見たのと同じもの」だと認知されていて、かつ、よく見ると以前見たときから少し変化しているものを、より情報処理しやすい傾向がある」"
 
というモデルの話の続きです。
 
そのときは、"「以前見たのと同じもの」だと認知されているものを、より情報処理しやすい傾向がある"(「単純接触効果」)については対応する研究は見つけることができたのですが、"かつ、よく見ると以前見たときから少し変化しているものを、より情報処理しやすい傾向がある"(「Variation(同一対象の多様性)」の効果)については見つけることができませんでした。
でもその翌日に、ゼミの濱本さんが見つけてくれました。川上(2015)です。
 
"従来,効果を強化する最大の要因として,同一の刺激への接触回数の多さが挙げられていた。すなわち,反復接触の増加と共にその刺激への親近性が高まるため,効果が強化されると考えられてきた。しかし,川上・吉田(2011)の知見は,単一の刺激を多数回呈示するよりも,むしろ複数の刺激を少数回ずつ呈示した方が効果が強いことを意味している。”
”ここから示唆されるのは,単純接触効果における「反復」と「変化」の役割である。一見すると,反復と変化という要因は相反するもののように思われる。しかしながら,前述のカテゴリという観点から考えると,反復の中の変化が意 味を持ち始める。すなわち,変化が効果を持つのは, ある共通性の中での変化であり,それがカテゴリであ る。表情は異なっていても「同一人物」であるという 広い意味でのカテゴリレベルでの「反復」に起因する親近性と,その人物に関する複数の刺激に接触することによるそのカテゴリ内での「変化」による新奇性が単純接触効果を強化すると考えられる。つまり,対象への多面的な接触を行うことで,単一の側面への接触 に比べて,その対象についての立体的な理解が促進されることによって,効果が強化される。 "
 
これですね。そして、ここで言及されている川上・吉田(2011)の実験2(多表情接触人物・単一表 情接触人物・接触なし(コントロール)による好意度の違い)の結果はこちらです。

川上・吉田(2011)

doi.org

「Variation(同一対象の多様性)」の効果も先行研究で確認されていたことを無事特定できました。ということで一件落着。
 
資料
川上直秋, & 吉田富二雄. (2011). 多面的単純接触効果── 連合強度を指標として──. 心理学研究82(5), 424-432.
川上直秋. (2015). 単純接触効果と無意識 われわれの好意はどこから来るのか. エモーション・スタディーズ1(1), 81-86.
 

繰り返しとバリエーションの効果

2010年頃だっただろうか、マーケティングではなく、認知科学系の研究者の方と話していて、
 
"我々は「以前見たのと同じもの」だと認知されていて、かつ、よく見ると以前見たときから少し変化しているものを、より情報処理しやすい傾向がある」という研究があるんですよ"
 
という話を聞いたと記憶している。
そして、その話を聞いたときに、広告のクリエイティブの世界で効果的なアプローチとして知られている「ドラマ風CM」のメカニズムが語られていると感じたことも記憶している。
 
ちなみに嶋村(2008)「新しい広告」に紹介されているビデオリサーチが実施した調査では、「ドラマ風」が、個人GRPあたりのCM認知率が1500GRPを超えたあたりから他の手法よりも高くなる効果が確認されている。

 

「ドラマ風CM」の代表例は、ソフトバンクの「予想外の家族」が挙げられるだろう。
 
「このCM、前にも見た」と思ったが、でも前に見たものとは異なったバージョンで、あたかもドラマの続きのような内容であることに気づいた、といった経験をしたことがある方も多いだろう。

ところで、この"「以前見たのと同じもの」だと認知されていて、かつ、よく見ると以前見たときから少し変化しているものを、より情報処理しやすい傾向がある"という研究だが、ふとあるところで使おうと思って調べたのだが、なぜか見つけることができずに困っている。
 
この種の研究はやはり行動経済学あたりだろうと思って、ダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー」を探すと...そうそう、「Cognitive Ease(認知容易)」。

 

Repeated Experience(繰り返された経験)、Clear Display(見やすい表示)、Primed  Idea(プライムのあったアイデア)、Good Mood(機嫌がいい)などによってはCognitive Ease(認知容易)が高まり、Cognitive Ease(認知容易)が高まることで、Feels Familiar(親しみを感じる)、Feels True(信頼できる)、Feels Good(快く感じる)、Feels Effortless(楽だと感じる)を高めるというモデルだ。
 
このモデルについて、その他の研究者がどのように論じているかを調べようとしたが...学術研究では、このモデルについては思ったほほど追試や応用がされていないようだ。
 
学術研究では、Cognitive Ease(認知容易)よりも「Fluency(流暢性)」の方が一般的なようだ。「我々は、本来の内容とは無関係に、Fluent(流暢)に情報処理できる対象についてより好意的な判断をする傾向がある」という概念であり、この概念については、Zajonc(1968)あたりから数多くの研究がある。

例えば、Zajonc(1968)は、ミシガン大学の学生を対象に、彼女ら・彼らにとって見慣れない言語(トルコ語と中国語)の単語を頻度を変えて表示させたところ、頻度が高く表示されたものがより好意的に評価されることを確認した。  

対象に対する反復接触によってFluency(流暢性)が高まり、その対象をより好意的に捉える効果は多くの実験で再現されており、この効果は「単純接触効果」あるいは「ザイアンスの法則」として知られている。

最近の日本の研究では川上・永井(2018)が面白い。
二つの異なる筆跡で書かれた手書きのメッセージを使った実験で、関与度の低い話題については、反復的に接触した筆跡で書かれ、それゆえ読みやすいと感じた=「Fluency(流暢性)」が高いメッセージの方が、よりそのメッセージに対して賛成する効果があることがこの研究で確認されている。


今回の話の起点のもう一つの"よく見ると以前見たときから少し変化している"という変数、名付けて「Variation(同一対象の多様性)」の効果も、おそらくCognitive Ease(認知容易)≒Fluency(流暢性)あたりに影響している単純接触のような気がするのだが、今日調べた範囲では、これに該当する研究を見つけることができなかった。
 
おそらく、全く同じメッセージだと、「飽和と忘却が形作る『記憶曲線』」でも紹介した「Satiation(飽和)/「Boredom(飽き)/「Avoidance(回避)」に引っかかるので、これが、クリエイティブの表現のバリエーションがあることで緩和している、といった感じのメカニズムなのではないだろうか。
 
資料:
Kahneman, Daniel, K. (2017) Thinking, Fast and Slow, Farrar Straus & Giroux
Zajonc, R. B. (1968) Attitudinal Effects of Mere Exposure. Journal of Personality and Social Psychology9(2p2), 1-27.
及川直彦 (2022) 『飽和と忘却が形づくる「記憶曲線」』 及川直彦のテキストのアーカイブ 2022-06-05
川上直秋・永井聖剛 (2018) 『見慣れた文字だと納得しやすい――筆跡の反復接触による説得
効果の促進――』 心理学研究 88(6), 546-555.
嶋村和恵 (2008) 『新しい広告』 電通

「Moat」と「競争優位」

私が「Moat」という言葉に触れたのは、以前に関わっていたスタートアップ企業の経営会議の議論の中だった。そのときに手元で検索したところ、確かこの記事に行き着いた。

 

newspicks.com

 

 "「Moat」は、マイケル・ポーターの「競争優位」と同じ意味ではないか、ならばなぜわざわざ違う言葉を使うのだろうか?"
とそのとき思ったのだが、忙しくてそのままにしていたところ、最近別のスタートアップ企業で経営について議論しているSlackの中で、久しぶりに「Moat」という言葉が登場した。

 

というわけで、「Moat」とマイケル・ポーターの「競争優位」は同じ意味なのか、そうでないのかを調べてみた。

結論は、「同じ意味」と捉えて良さそう。

例えば、学術研究では、Kanuri & McLeod (2016)やLiu & Mantecon (2017)らが「Moat」のある企業とない企業の企業価値の違いを検証しているが、これらの研究においても、ポーターの「競争優位」の概念が「Moat」の概念整理において中核的に位置付けられている。

さらに、Boyd (2005)によると、これらの研究がデータとして使用しているのは、Morningstarが評価した “companies with wide economic moat”銘柄のデータで、このMorningstarの評価自体が、Porterの競争戦略の考え方を参照しているらしい。 

 

そしてバフェット自身も、ポーターについて言及しており、この中で、"ポーターの本は読んだことがないが、彼のコメントなどを読んでいる限り、『競争優位』の考え方は自分たちに通じる"と語っている。

 

www.youtube.com

というわけで、「Moat」を、ポーターの「競争優位」とほぼ同じ概念として扱ってもどうやら大丈夫そうである。なので、「Moat」で語られる概念を、ポーターの「競争優位」と照応させながら整理をすると、ぞれぞれの用語をベースに語られてきた議論が相互補完されそうなので、これから時間を見つけて取り組んでみようと思う。

 

ちなみに、Boyd (2005)においては、「規模の経済」「高いスイッチングコスト」「無形資産(特許権保護、政府の許可、ブランドフランチャイズ、ユニークな企業文化)」「ネットワーク効果」の4つが「広い経済的なMoat」を形成するのに貢献し、「広い経済的なMoat」が「高い収益」「高い安定性」「株価の成長」に貢献するというモデルが提示されている。

 

 

clutejournals.com

 

Porter (2008)の「5つの競争要因」の7つの典型的な参入障壁と照応させると、

  • 「規模の経済」→Porter (2008)では、「供給側の規模の経済」は7つの典型的な参入障壁の一つとして挙げられている
  • 「高いスイッチングコスト」→Porter (2008)では、「顧客のスイッチング・コスト」は7つの典型的な参入障壁の一つとして挙げられている
  • 「無形資産」→Porter (2008)では、7つの典型的な参入障壁の一つでである「企業規模と無関係な既存企業の優位性」の例として、「独占的な技術」「最高の原材料への優先的アクセス」「地の利」「揺るぎないブランド・アイデンティティ」「生産効率を学習できる既存企業ならではの経験の蓄積」などが挙げられている
  • 「ネットワーク効果」→Porter (2008)では、「需要側の規模の利益」は7つの典型的な参入障壁の一つとして挙げられている

 

といった感じで対応している。さらに、Porter (2008)が7つの典型的な参入障壁として他に挙げている「資金ニーズ」「流通チャンネルへの不平等なアクセス」「政府の引き締め政策」のうち、「政府の引き締め政策」はBoyd (2005)の「無形資産(政府の許可)」と近い論点である。

その一方で、Porter (2008)の中には、Boyd (2005)が挙げている「無形資産(ユニークな企業文化)」は論点として挙げられていない。

「競争優位」の議論の成果と、「Moat」で議論され始めていることを統合することで、「車輪の再発明」の無駄を回避しながら、視点を広げ、深めることができるのではないだろうか。

 

dhbr.diamond.jp

 

ところで、こんなことを調べている流れで脱線して、「Moat」の提唱者のウォーレン・バフェットの論争の記事に興味を持った。

「 米電気自動車大手テスラTSLA.Oのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)とバークシャー・ハザウェイBRKa.Nの会長で米著名投資家のウォーレン・バフェット氏の対立は、まるでペアトレードの様相を呈している。

 競合他社の参入を防ぐために企業は「モート(堀)」を固めるべきだとするバフェット氏の戦略の1つについて、マスク氏は「時代遅れ」と批判した。これを受け、バフェット氏が傘下の菓子メーカー、シーズ・キャンディーズを自身の成功の証しとして挙げると、マスク氏はキャンディーメーカーを立ち上げると宣言した。」

jp.reuters.com

 

この議論は、ご本人たちは意識していないだろうが、私には、経営学におけるポーター的な「SCP理論」に近い思考を持つバフェットと、シュンペーター的な「イノベーション理論」を体現するマスクの、必然的な意見の違いのように感じた。

 

dhbr.diamond.jp

business.nikkei.com


この「SCP理論」と「イノベーション理論」の違いに着目しているのが。McGrath (2013)が提唱している「一時的競争優位」の議論なのだが、今日は時間切れなので別の機会で。

dhbr.diamond.jp

 

(資料)

  • Boyd, D. P. (2005). Financial performance of wide-moat companies.Journal of Business & Economics Research (JBER)3(3), 49-56.
  • Kanuri, S., & McLeod, R. W. (2016). Sustainable competitive advantage and stock performance: the case for wide moat stocks.Applied Economics48(52), 5117-5127.
  • Liu, Y., & Mantecon, T. (2017). Is sustainable competitive advantage an advantage for stock investors?.The Quarterly Review of Economics and Finance63, 299-314.
  • McGrath, R. G. (2013). Transient advantage.Harvard business review91(6), 62-70.
  • Porter, M. E. (2008). The five competitive forces that shape strategy.Harvard business review86(1), 78-93.

 

「明白すぎる非連続性のジレンマ」

一利用者としてChatGPTを使っていると、その技術的な進化の早さ、そしてそれがもたらす利用者の知覚価値の進化の早さに感動すら感じます。

そんな「技術的な進化の早さ and/or 非連続性→利用者への提供価値の進化の早さ and/or 非連続性」が、ChatGPTを提供するOpen AIの事業価値を高めはするものの、ChatGPTを採用・活用して競合他社に対して差別化を狙おうとするプレイヤーにとっては、「利用者への提供価値の進化の早さが明白→多くのプレイヤーが高いUrgencyで取り組む→プレイヤー間の参入タイミングの差が少ない→プレイヤー間の差別化がしにくい」という状況をもたらしているように思われます。

このような状況を、過去の経営学で誰かモデルにしていましたっけ?

例えば「ブルーオーシャン戦略」における「レッドオーシャン」の概念は、「その結果としてプレイヤー間の差別化がしにくい」という部分については一応説明しています。
しかし、今起きている状況のポイントは、一般的に言われる「技術的な進化の早さ and/or 非連続性」が高ければ高いほどそれを採用・活用しようとするプレイヤーに対して差別化の機会をもたらす」という考え方に対して、「技術的な進化の早さ and/or 非連続性の高さ」がある閾値を超えると、多くのプレイヤーにとって差別化の機会をもたらすことが明白になるため、競争するプレイヤー間で採用・活用のタイミングに差が少なくなってしまい、それゆえかえって差別化の機会がもたらされにくくなるという逆U字の効果が起きることかと思います。

この「技術的な進化の早さ and/or 非連続性→差別化の機会」がある閾値を境に逆U字になるというモデル、私が「明白すぎる非連続性のジレンマ」と名付けて提唱します。


人工知能は創造的な思考を促進するか ―認知科学の観点から―

阿部慶賀(2019) の『創造性はどこからくるか: 潜在処理,外的資源,身体性から考える』(共立出版)を読んでいて、その中の第4章「外的資源としての他者」が、人工知能が創造的な思考を促進するかについて、認知科学の観点から整理できそうだと気づいたので、以下、この章で展開されている議論に私の解釈を一部加えたものをまとめます。

  • 「他者」が思考のプロセスに参加することによって、創造的な思考が促進される効果がある
    • 清河・伊澤・植田 (2007)の実験から、「他者」の存在が創造的な思考を促進することが確認されている
      • 実験の概要
        • Tパズルを個人もしくは複数者が協働して解く
        • 3つの条件を設定する
          • 一人でパズルを解く個人条件
          • 一定期間の試行錯誤を行い、その後ビデオカメラで記録された自分の映像を観察するという手続きを繰り返しながらパズルを解く自己観察条件
          • 二人一組のペアで、まず自分が一定時間の試行錯誤を行い、その後パートナーと交代し、パートナーの試行錯誤を観察する他者観察条件
      • 実験の結果
        • 他者観察条件が個人条件よりも短い時間で正解に至る効果が確認できた
        • 自己観察条件では他者観察条件のような効果が確認できなかった
    • この実験に加え、その他の研究も踏まえると、「他者」の存在は、自らを縛る制約への気づきの機会と、自らの思考を再解釈する機会を創出することにより、創造的な思考を促進しているようである
      • 相手がいることで、自分が考えている解決法とは異なる視点や意見に触れることができる(自らを縛る制約に気づく機会の創出)
      • 相手の視点を意識した対話を行おうとする態度が形成されることにより、問題を多角的に捉え直そうとする(自らの思考を再解釈する機会の創出)
  • このような「他者」の存在による創造的な思考の促進効果は、実は、「他者」が実在しなくてもある程度は発揮されるらしい
    • 小寺・清河・足利・植田 (2011)は、清河・伊澤・植田 (2007)のTパズル問題に加えて、一定期間の試行錯誤を行い、その後ビデオカメラで記録された自分の映像を観察するという手続きを繰り返しながらパズルを解く自己観察条件と同じ映像を「他者の試行」と教示する偽他者観察条件を追加したところ、自己観察条件よりも偽他者観察条件の方が、より自らを縛る制約から解消されることを確認した

  • とするならば、「他者」が人工物であった場合においても、「他者」の存在による創造的な思考の促進効果発揮されるのだろうか

  • 私たちは人工物に対しても、人間と接するときと同じような対人関係能力(社会的な態度)を働かせることが確認されている
    • 人工知能ELIZAは、あらかじめ想定された応答では対処できない問いかけが入力されると、「どのように?」「何か例を挙げてください」と言った、話題の進行を促すようなあたりさわりのない聞き返しをしたりするが、そういったELIZAに対して、ユーザーは対話に没入し、相談相手として対話をしようとする(Weizenbaum 1966)
    • Reeves & Nass (1996) の実験から、私たちはコンピュータのような人工物に対しても、人間と接するときと同じような社会的な態度を働かせることが確認されている
      • 実験の概要 
        • 実験参加者にパソコン(PC)上に実装された学習支援システムを勉強するように課し(学習フェーズ)、その後、別のPC上で学習到達度テストを行い(テストフェーズ)、その結果に基づいて学習支援システムの評価を求める(評価フェーズ)という一連の手続きをとる
        • 評価フェーズでテストの成績が15問中10問正解であったことを通知し、その上で「優れた支援効果があった」といった肯定的なメッセージと、「あまり有能なシステムではなかったといった否定的なメッセージのいずれかが提示される
        • これらの肯定的もしくは否定的なメッセージが、学習フェーズで使ったPCと同じPCから発される場合と、学習フェーズとは別のPCから発される場合を設ける。すなわち、4つの条件を設定する
          • 学習時に用いたPCが自ら肯定的な自己評価を発する自己肯定条件
          • 学習時に用いたPCが自ら否定的な自己評価を発する自己否定条件
          • 学習時とは別のPCが学習時のPCに対して肯定的な評価を発する他者肯定条件
          • 学習時とは別のPCが学習時のPCに対して否定的な評価を発する他者否定条件
      • 実験の結果
        • 他者肯定条件の方が自己肯定条件よりも好意度が高い、すなわち、人間に対して「同じ評価でも本人が自画自賛するよりも第三者による評価の方が、価値がより高く感じられる」と感じるのと同じような社会的な態度が働いていることが確認された
        • 他者否定条件の方が自己否定条件よりも好意度が低い、すなわち、人間に対して「他の人を否定すると見下しているような印象を感じる」「自己評価が厳しい人に対しては謙虚な人物を抱きやすい」と感じるのと同じような社会的な態度が働いていることが確認された
  • このような、私たちが人工物に対しても社会的態度を働かせることを鑑みると、私たちの思考のプロセスに人工物(例: 人工知能)が「他者」として参加することによって、創造的な思考が促進される効果が期待できそうである

ELIZAのような人工知能(いわゆる「人工無能」)によっても、「他者」=相手を意識した対話を行おうとする態度が形成されることで、自らの思考を再解釈する機会を創出することが期待できそうですが、最近その進化が注目されている大規模言語モデルにおいては、その回答を私たちが「自然に感じる」度合いが増すことにより「他者」としての演技力が増しているように感じます。

さらに、大規模言語モデルが問いに対して生成するテキストの中に、ネット上のテキストから学習された、これまで幅広く語られてきていた論点が提示されることにより、自分が見落としていた視点や意見に触れることができ、その結果、自らを縛る制約に気づく機会を創出することも期待できます。ただし、これは、大規模言語モデルが既存のテキストの学習に基づいたものであるため、「これまで幅広く語られてきていた論点」の制約を超えることができないため、むしろ私たちを縛る制約を再帰的に強化してしまう危険もありそうです。

 

資料

Reeves, B., & Nass, C. (1996). The media equation: How people treat computers, television, and new media like real people. Cambridge, UK10, 236605.

Weizenbaum, J. (1966). ELIZA—a computer program for the study of natural language communication between man and machine. Communications of the ACM9(1), 36-45.

阿部慶賀. (2019). 創造性はどこからくるか: 潜在処理, 外的資源, 身体性から考える. 共立出版.

清河幸子, 伊澤太郎, & 植田一博. (2007). 洞察問題解決に試行と他者観察の交替が及ぼす影響の検討. 教育心理学研究55(2), 255-265.

小寺礼香, 清河幸子, 足利純, & 植田一博. (2011). 協同問題解決における観察の効果とその意味: 観察対象の動作主体に対する認識が洞察問題解決に及ぼす影響. 認知科学18(1), 114-126.