及川直彦のテキストのアーカイブ

及川直彦が書いたテキストと興味を持ったテキストのアーカイブ

繰り返しとバリエーションの効果

2010年頃だっただろうか、マーケティングではなく、認知科学系の研究者の方と話していて、
 
"我々は「以前見たのと同じもの」だと認知されていて、かつ、よく見ると以前見たときから少し変化しているものを、より情報処理しやすい傾向がある」という研究があるんですよ"
 
という話を聞いたと記憶している。
そして、その話を聞いたときに、広告のクリエイティブの世界で効果的なアプローチとして知られている「ドラマ風CM」のメカニズムが語られていると感じたことも記憶している。
 
ちなみに嶋村(2008)「新しい広告」に紹介されているビデオリサーチが実施した調査では、「ドラマ風」が、個人GRPあたりのCM認知率が1500GRPを超えたあたりから他の手法よりも高くなる効果が確認されている。

 

「ドラマ風CM」の代表例は、ソフトバンクの「予想外の家族」が挙げられるだろう。
 
「このCM、前にも見た」と思ったが、でも前に見たものとは異なったバージョンで、あたかもドラマの続きのような内容であることに気づいた、といった経験をしたことがある方も多いだろう。

ところで、この"「以前見たのと同じもの」だと認知されていて、かつ、よく見ると以前見たときから少し変化しているものを、より情報処理しやすい傾向がある"という研究だが、ふとあるところで使おうと思って調べたのだが、なぜか見つけることができずに困っている。
 
この種の研究はやはり行動経済学あたりだろうと思って、ダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー」を探すと...そうそう、「Cognitive Ease(認知容易)」。

 

Repeated Experience(繰り返された経験)、Clear Display(見やすい表示)、Primed  Idea(プライムのあったアイデア)、Good Mood(機嫌がいい)などによってはCognitive Ease(認知容易)が高まり、Cognitive Ease(認知容易)が高まることで、Feels Familiar(親しみを感じる)、Feels True(信頼できる)、Feels Good(快く感じる)、Feels Effortless(楽だと感じる)を高めるというモデルだ。
 
このモデルについて、その他の研究者がどのように論じているかを調べようとしたが...学術研究では、このモデルについては思ったほほど追試や応用がされていないようだ。
 
学術研究では、Cognitive Ease(認知容易)よりも「Fluency(流暢性)」の方が一般的なようだ。「我々は、本来の内容とは無関係に、Fluent(流暢)に情報処理できる対象についてより好意的な判断をする傾向がある」という概念であり、この概念については、Zajonc(1968)あたりから数多くの研究がある。

例えば、Zajonc(1968)は、ミシガン大学の学生を対象に、彼女ら・彼らにとって見慣れない言語(トルコ語と中国語)の単語を頻度を変えて表示させたところ、頻度が高く表示されたものがより好意的に評価されることを確認した。  

対象に対する反復接触によってFluency(流暢性)が高まり、その対象をより好意的に捉える効果は多くの実験で再現されており、この効果は「単純接触効果」あるいは「ザイアンスの法則」として知られている。

最近の日本の研究では川上・永井(2018)が面白い。
二つの異なる筆跡で書かれた手書きのメッセージを使った実験で、関与度の低い話題については、反復的に接触した筆跡で書かれ、それゆえ読みやすいと感じた=「Fluency(流暢性)」が高いメッセージの方が、よりそのメッセージに対して賛成する効果があることがこの研究で確認されている。


今回の話の起点のもう一つの"よく見ると以前見たときから少し変化している"という変数、名付けて「Variation(同一対象の多様性)」の効果も、おそらくCognitive Ease(認知容易)≒Fluency(流暢性)あたりに影響している単純接触のような気がするのだが、今日調べた範囲では、これに該当する研究を見つけることができなかった。
 
おそらく、全く同じメッセージだと、「飽和と忘却が形作る『記憶曲線』」でも紹介した「Satiation(飽和)/「Boredom(飽き)/「Avoidance(回避)」に引っかかるので、これが、クリエイティブの表現のバリエーションがあることで緩和している、といった感じのメカニズムなのではないだろうか。
 
資料:
Kahneman, Daniel, K. (2017) Thinking, Fast and Slow, Farrar Straus & Giroux
Zajonc, R. B. (1968) Attitudinal Effects of Mere Exposure. Journal of Personality and Social Psychology9(2p2), 1-27.
及川直彦 (2022) 『飽和と忘却が形づくる「記憶曲線」』 及川直彦のテキストのアーカイブ 2022-06-05
川上直秋・永井聖剛 (2018) 『見慣れた文字だと納得しやすい――筆跡の反復接触による説得
効果の促進――』 心理学研究 88(6), 546-555.
嶋村和恵 (2008) 『新しい広告』 電通