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パーソナライゼーションと生成AIについての整理

はじめに

 生成AIのマーケティング活用に関する議論の中で、生成AIをパーソナライゼーションに活用することに期待するものを見かけることがある。この議論に対して、「その議論で前提にしているのは生成AIとは違うのでは」という違和感があるのは私だけだろうか。というわけで、このテーマについて整理してみる。

 まず、この議論の起点になっているらしいのは、引用関係を調べていくと、どうやらBoston Consulting Groupが2023年4月に米国のCMO200人を対象に実施したこの調査の結果のようである。(Ratajczak 2023)

 この調査において、「生成AI活用においてフォーカスする領域」という問いに対して最も多かった回答は”Personalization”だった。

 今日私たちが目にしている生成AIのマーケティング活用の事例は、この調査で2位の「インサイトの創出」や3位の「コンテンツの生成」に関わるものは多く見かけるが、「パーソナライゼーション」に関わるものは...そんなにあっただろうか。そもそも生成AIはパーソナライゼーションに使うことができるものなのだろうか。

パーソナライゼーションとは

 この問いについて考える前提として、まずパーソナライゼーションとは何かについて整理する。

 Arora et al. (2008)は、パーソナライゼーションは、セグメンテーションの度合いがマスよりもワン・トゥ・ワンに近いものであり、取り組みを主導するのが顧客側よりも企業側であると定義した。セグメンテーションの度合いがワン・トゥ・ワンであるというのは、Peppers and Rogers (1997)が提唱した、セグメンテーションの究極形としてそのサイズを1人としたワン・トゥ・ワンの概念に沿ったものである。取り組みが企業主導であるというのは、その取り組みが顧客主導であるカスタマイズとは逆の方向である。例えば、Amazonの書籍や楽曲のレコメンデーションは、企業側が、それまでに収集した顧客のデータなどに基づいて、顧客に対してどのようなオファーが適切かを決めるパーソナライゼーションであり、Dellのパソコンの受注生産は、顧客それぞれが、自分の求める機能やスペックに合わせたものを決めるカスタマイゼーションであるという整理である。

 そして、パーソナライゼーションの実務における意味合いを、短期的にレンポンス率を高め、長期的に顧客満足を高め、それらによってより利益を高めるアプローチと整理した。

 Adomavicius (2005)は、パーソナライゼーションの具体的プロセスについて、顧客の理解、オファーの提供、インパクトの測定の三つの段階で構成されると整理した。

  • 顧客の理解: 顧客に関する包括的な情報を収集し、顧客プロファイルの形で保存された実用的な知識に変換することにより顧客を理解する

    • ※この部分は、後述するDavenport (2023)の機械学習モデルを活用したハイパーパーソナライゼーションにより、「顧客の理解」「顧客プロファイル」という言葉から想起される一般的な顧客洞察よりもはるかに粒度が高く、人間の認知限界を超えたものになっている
  • オファーの提供: 顧客プロファイルに基づいてパーソナライズ・エンジンなどを活用しながら最適なオファーを特定し、パーソナライズされたオファーを提供する

  • インパクトの測定: 顧客がオファーに対してどれくらいレスポンスし、満足したかを測定することにより、さらに顧客の理解を深め、提供するオファーを改善する

 Davenport (2023)は、パーソナライゼーションにおいて鍵となるのは、オファーの適合度を高めるセグメンテーションの精度であることを示唆した。

 そして、そのために、顧客のセグメンテーションにより多くの種類のデータを活用することにより、セグメンテーションの粒度を、オファーの適合度をより高めるような切り方で高めることが期待されてきたが、そのためには、従来活用されてきたルール・ベースは「切れ味が悪い道具」であり、より洗練され、精度が高く、実行が難しいハイパー・パーソナライゼーションを実行するためには、機械学習モデルが必要となると主張した。

 ハイパーパーソナライゼーションに使われる機械学習モデルは、主として教師あり学習、教師なし学習、強化学習および多変量A/Bテストであり、そのうち教師あり学習、強化学習および多変量A/Bテストは、ルール・ベースよりも高いインパクトが期待できるが、教師なし学習はルールベースとそれほどインパクトが違わないことが多いこと、教師あり学習と強化学習は、「ディープラーニング」と組みわせることでさらなるインパクトも期待されるが、擬似相関の問題は解決できていないこと、多変量A/Bテストは擬似相関の問題を解決し因果関係を特定できることも指摘している。

生成AIとは

 次に、生成AIとは何かについて整理する。

 Ali et al. (2004)は、生成AIは学習させたサンプルと類似した新しいデータのサンプルを作成する技術であると定義した。生成AIアルゴリズムは機械学習モデルの一種であり、学習させたサンプルと類似した新しいデータのサンプルを作成するために使用される。このアルゴリズムは、テキスト、画像、ビデオ、3Dモデル、音楽など様々なメディアの生成に使用されている 。

 Hadi et al, (2023)は、生成AIにより、例えば以下のようなタスクの実行を可能にすると整理している。

A. 人間と情報システムの間のインターフェース

  • Question-answering: ユーザが自然言語で投げかけた質問に対して回答を得ることができる
  • Virtual Assistance: バーチャル・アシスタントやチャットボットにおいて、ユーザのクエリーに適合した情報を、自然な会話のように提供することができる

  • Dialog Systems: 対話システムにおいて、ユーザに対して理解を容易にし、より感情移入させ効率的な会話の体験を実現できる

B. 人間が行うコンテンツ制作やプログラミングの自動実行

  • Text Generation: 記事、ブログ、リサーチペーパー、ソーシャルメディアへの投稿、商品の説明、ソースコード、電子メールなど多様なコンテンツの生成のプロセスを自動化することができる

    • ※Hadi et al. 2023以後に、テキスト以外にも画像、動画などのテキスト以外のモードに広がっている

  • Language Translation: ある言語から他の言語に高い精度と流暢さで翻訳することができる

  • Summarization: 長文のテキストや文書について簡潔で筋の通った要約を生成することができる

C. 人間が行う分析の自動実行

  • Text Classification: ユーザが指定したラベルやトピックスに基づいて、テキストを分析、分類することができる
  • Information Extraction: ファインチューンされたLLMを使うことによって、非構造的なテキストから構造を特定することができる。例えば人物間や組織間の関係や、鍵となるイベントの特定など
  • Semantic Search: セマンティック検索(自然言語の意味を理解し、意味に沿った結果を提供)において、ユーザのクエリーの背景にある意図や意味の理解力を高めることにより、検索の正確性や適合性を高めることができる

  • Speech Recognition: 音声認識において、音声からテキストにマッピングする際に活用されるモデルの対応範囲が高まることにより、聞き取る性能を高めることができる

パーソナライゼーション×生成AIの可能性

 パーソナライゼーションのプロセスと生成AIの実行できるタスクを照らし合わせると、オファーの提供」の部分を支援する可能性はあるが、「顧客の理解」「インパクトの測定」には関係がなさそうである。

 まず、パーソナライゼーションの「オファーの提供」は、生成AIの「人間が行うコンテンツ制作やプログラミングの自動実行」によって加速されそうである。生成AIによって人間が行ってきたコンテンツ制作のコストが下がることにより、同じコストあたりで作成できるオファーのタイプ、バリエーションを増やすことができるようになり、それがオファーの顧客に対する適合度につながるならば、短期的にレンポンス率を高め、長期的に顧客満足を高め、それらによってより利益を高めることが期待できる。

 パーソナライゼーションの「顧客の理解」は、生成AIの「人間が実行する分析の自動実行」とはそれほど関連性は高くなさそうだが、テストできるコンテンツが増えることによりセグメンテーションの精度の向上はできそうである。テキストなど非構造的なデータは個々のセグメントに対するインサイトを深めるヒントにはなるが、構造的なセグメンテーションそのものを生成するモデルには使いにくそうである。ただし、生成AIによって制作したコンテンツを多変量A/Bテストで検証することにより、それぞれのコンテンツについて高い効果が期待できるセグメントをアップリフトモデリングにより特定することで、セグメンテーションの精度を高めることはできるだろう。

 「インパクトの測定」は、構造的な定量データに基づいて行うものが一般的であり、テキストなど非構造的なデータは個々のセグメントに対する態度データを提供するだろうが、パーソナライゼーションにおいては補完的な活用にとどまりそうである。

 となると、パーソナライズにおける生成AIの活用は期待されているよりも限定的であり、むしろ教師あり学習や強化学習、多変量A/Bテストの方が、そのインパクトを高める鍵となるのではないか。

 もしかしたら、Boston Consulting Groupの2023年4月の調査に回答した米国のCMO200人は、生成AIと、教師あり学習や強化学習、多変量A/Bテストなどそれ以前から注目されてきた機械学習を活用したAIや分析技術とを区別できていなかったのかもしれない。

 

資料

Adomavicius, G., & Tuzhilin, A. (2005). Personalization technologies: a process-oriented perspective. Communications of the ACM, 48(10), 83-90.

Ali, S., Ravi, P., Williams, R., DiPaola, D., & Breazeal, C. (2024, March). Constructing dreams using generative AI. In Proceedings of the AAAI Conference on Artificial Intelligence (Vol. 38, No. 21, pp. 23268-23275).

Arora, N., Dreze, X., Ghose, A., Hess, J. D., Iyengar, R., Jing, B., Kumar, V., Lurie, N., Neslin, S., & Zhang, Z. J. (2008). Putting one‐to‐one marketing to work: Personalization, customization, and choice. Marketing Letters, 19(3), 305–321.

Davenport, T. H. (2023). Hyper-Personalization for Customer Engagement with Artificial Intelligence. Management and Business Review, 3(1).

Hadi, M.U.; Qureshi, R.; Shah, A.; Irfan, M.; Zafar, A.; Shaikh, M.B.; Akhtar, N.; Wu, J.; Mirjalili, S. (2023). A survey on large language models: Applications, challenges, limitations, and practical usage. Authorea Preprints.

Peppers, D., & Rogers, M. (1997). Enterprise one to one: Tools for competing in the interactive age.

Ratajczak, D., Kropp, M., Palumbo, S., de Bellefonds, N., Apotheker, J., Willersdorf, S. & Paizanis, G., (2023). How CMOs Are Succeeding with Generative AI June 15,

https://www.bcg.com/publications/2023/generative-ai-in-marketing〉.