及川直彦のテキストのアーカイブ

及川直彦が書いたテキストと興味を持ったテキストのアーカイブ

鶏肉のマーケティング

1980年代から2000年代の米国のマーケティング関連の文献の中で、二つの鶏肉生産・加工会社のブランドを見かける。パーデュー・ファームズ (Perdue Farms)とタイソン・フーズ (Tyson Foods)である。
TB&P (Talk Business & Business)によると、2018年の調理用鶏肉市場において、パーデュー・ファームズはシェアの7%で4位、タイソン・フーズは21%で1位とのこと。どちらも年数千億円を超える食品業界の大企業である。 資料: TB&P - Tyson Foods maintains its top ranking in poultry production ( https://talkbusiness.net/2019/03/tyson-foods-maintains-its-top-ranking-in-poultry-production/ )
パーデュー・ファームズは、1920年にメリーランド州ソールズベリーで創業し、鶏卵販売、産卵鶏販売を経て鶏肉生産・加工事業に事業を拡大した会社で、1970年代に同社の2代目経営者のフランク・パーデュ (Frank Perdue) が自ら登場したテレビ広告によって事業を拡大した会社として知られている。
資料: Forbes – Perdue Farms ( https://www.forbes.com/companies/perdue-farms/#3b32788d6387 )
“It takes a tough man to make a tender chicken (柔らかいチキンはタフ男でないと作れない)”というコピーと“PERDUE”のタグによって、他社の調理用鶏肉と差別化に成功し、他社の商品に対して10%から30%のブランド・プレミアムがあったという。
資料: Michael J. Lanning and Edward G. Michaels (1988) “A business is a value delivery system,”McKinsey Staff Paper ( https://www.mckinsey.com/business-functions/strategy-and-corporate-finance/our-insights/delivering-value-to-customers )
フィリップ・コトラー は、「コトラーのマーケティング・コンセプト」(2003年 東洋経済新報社)の中で、フランク・パーデュについて次のように述べている。
「ハーバード大学教授、セオドア・レビット(Theodore Levitt)は、次のようなきわめて挑戦的な言葉を述べている。「コモディティなどというものは存在しない。あらゆる製品、サービスが差別化可能なのである」。彼の考えでは、コモディティとは新たな定義づけを待つ製品のことなのだ。人気の高い鶏肉ブランドのオーナー、フランク・パーデュー(Frank Perdue)も自信満々にこう語る。「死んだニワトリの肉が差別化できるのだから、どんなものでも差別化できる」。ある教授はMBAの学生たちに、ケース討議中にコモディティという言葉を使った者には、だれであれ罰金1ドルを課すと命じたそうだが、なるほどと思わせる話である。」
生活者に直接的に自社のブランドの商品の優位性を伝達し、それによって生活者からのプルを創ったという意味で、典型的なマーケティングの勝ちパターンを体現しているといえよう。
一方、タイソン・フーズは、1935年にアーカンソー州スプリングデールで創業し、たった一台のトラックで始めた鶏肉の配送ビジネスから生産・加工ビジネスに事業を拡大した会社であり、その後豚肉、牛肉に事業を拡大し、さらに「食卓の蛋白資源」のビジョンを実現するために1992年に米国最大の魚肉処理船アークティック・アラスカ・フィッシャリーズを買収するなど、積極的なM&Aでも知られる会社である。
タイソン・フーズの成功の鍵は、同社が製造重視型から顧客重視型に移行したと言われている。ロバート・B・タッカーは、「価値革命への挑戦」(1997年 TBSブリタニカ)の中で次のように述べている。
「タイソンは、消費者と手を結ぶために、まず顧客の抱える問題を解決することに重点を置いた。彼は、鶏肉をさまざまに加工することによって便益性という価値を付加すれば、消費者は多少割高であっても購入するであろうと考えたのである。この加工鶏肉が、タイソン社に急成長をもたらした。鶏肉の骨を抜き、下味を付け、切り分け、パテ状にし、ナゲットの形にし、パン粉を付け、調理し、そして冷凍したものを販売した。その結果、この加工鶏肉には、無加工鶏肉に比べて破格の値が付けられた。」
「タイソン社の鶏肉は、米国における最大のレストラン・チェーン100店のうち88店で使用されており、マクドナルドもこの中に含まれている。70年代、アメリカ人の間に牛肉離れが起きたとき、マクドナルドは、主要製品であるハンバーガーの主原料が牛肉だったために大問題を抱えることになった。マクドナルドは、タイソン社からメニューに牛肉以外の肉を使用した製品の提案を受け、初めて新しい可能性に気づいた。タイソン社の援助を受けてチキン・マックナゲットを開発するまで、マクドナルドは「ハンバーガー」チェーンという固定観念にとらわれていた。チキン・ナゲットをメニューに加えるというアイディアをマクドナルドに売り込むことで、タイソン社は新メニュー開発に成功した。タイソン社は、マクドナルドに対して、鶏肉にパン粉を振ることから味付け、そして配送に至るまで、最終調理以外のすべてを請け負うという提案を行ったのである。」
自社の商品の今日の形にこだわらず、その商品が顧客の利用場面で生み出す価値に着目し、そこから、その価値をさらに高めるためのアイディアに発想を広げたところも、やはり、典型的なマーケティングの勝ちパターンを体現しているといえよう。
というわけで、鶏肉のマーケティングの話でした。 さて、これから、久しぶりに焼鳥を食べに行きますかね(笑)


(2020年5月31日にFacebookに投稿したテキストを再掲)