私が「Moat」という言葉に触れたのは、以前に関わっていたスタートアップ企業の経営会議の議論の中だった。そのときに手元で検索したところ、確かこの記事に行き着いた。
"「Moat」は、マイケル・ポーターの「競争優位」と同じ意味ではないか、ならばなぜわざわざ違う言葉を使うのだろうか?"
とそのとき思ったのだが、忙しくてそのままにしていたところ、最近別のスタートアップ企業で経営について議論しているSlackの中で、久しぶりに「Moat」という言葉が登場した。
というわけで、「Moat」とマイケル・ポーターの「競争優位」は同じ意味なのか、そうでないのかを調べてみた。
結論は、「同じ意味」と捉えて良さそう。
例えば、学術研究では、Kanuri & McLeod (2016)やLiu & Mantecon (2017)らが「Moat」のある企業とない企業の企業価値の違いを検証しているが、これらの研究においても、ポーターの「競争優位」の概念が「Moat」の概念整理において中核的に位置付けられている。
さらに、Boyd (2005)によると、これらの研究がデータとして使用しているのは、Morningstarが評価した “companies with wide economic moat”銘柄のデータで、このMorningstarの評価自体が、Porterの競争戦略の考え方を参照しているらしい。
そしてバフェット自身も、ポーターについて言及しており、この中で、"ポーターの本は読んだことがないが、彼のコメントなどを読んでいる限り、『競争優位』の考え方は自分たちに通じる"と語っている。
というわけで、「Moat」を、ポーターの「競争優位」とほぼ同じ概念として扱ってもどうやら大丈夫そうである。なので、「Moat」で語られる概念を、ポーターの「競争優位」と照応させながら整理をすると、ぞれぞれの用語をベースに語られてきた議論が相互補完されそうなので、これから時間を見つけて取り組んでみようと思う。
ちなみに、Boyd (2005)においては、「規模の経済」「高いスイッチングコスト」「無形資産(特許権保護、政府の許可、ブランドフランチャイズ、ユニークな企業文化)」「ネットワーク効果」の4つが「広い経済的なMoat」を形成するのに貢献し、「広い経済的なMoat」が「高い収益」「高い安定性」「株価の成長」に貢献するというモデルが提示されている。
Porter (2008)の「5つの競争要因」の7つの典型的な参入障壁と照応させると、
- 「規模の経済」→Porter (2008)では、「供給側の規模の経済」は7つの典型的な参入障壁の一つとして挙げられている
- 「高いスイッチングコスト」→Porter (2008)では、「顧客のスイッチング・コスト」は7つの典型的な参入障壁の一つとして挙げられている
- 「無形資産」→Porter (2008)では、7つの典型的な参入障壁の一つでである「企業規模と無関係な既存企業の優位性」の例として、「独占的な技術」「最高の原材料への優先的アクセス」「地の利」「揺るぎないブランド・アイデンティティ」「生産効率を学習できる既存企業ならではの経験の蓄積」などが挙げられている
- 「ネットワーク効果」→Porter (2008)では、「需要側の規模の利益」は7つの典型的な参入障壁の一つとして挙げられている
といった感じで対応している。さらに、Porter (2008)が7つの典型的な参入障壁として他に挙げている「資金ニーズ」「流通チャンネルへの不平等なアクセス」「政府の引き締め政策」のうち、「政府の引き締め政策」はBoyd (2005)の「無形資産(政府の許可)」と近い論点である。
その一方で、Porter (2008)の中には、Boyd (2005)が挙げている「無形資産(ユニークな企業文化)」は論点として挙げられていない。
「競争優位」の議論の成果と、「Moat」で議論され始めていることを統合することで、「車輪の再発明」の無駄を回避しながら、視点を広げ、深めることができるのではないだろうか。
ところで、こんなことを調べている流れで脱線して、「Moat」の提唱者のウォーレン・バフェットの論争の記事に興味を持った。
「 米電気自動車大手テスラTSLA.Oのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)とバークシャー・ハザウェイBRKa.Nの会長で米著名投資家のウォーレン・バフェット氏の対立は、まるでペアトレードの様相を呈している。
競合他社の参入を防ぐために企業は「モート(堀)」を固めるべきだとするバフェット氏の戦略の1つについて、マスク氏は「時代遅れ」と批判した。これを受け、バフェット氏が傘下の菓子メーカー、シーズ・キャンディーズを自身の成功の証しとして挙げると、マスク氏はキャンディーメーカーを立ち上げると宣言した。」
この議論は、ご本人たちは意識していないだろうが、私には、経営学におけるポーター的な「SCP理論」に近い思考を持つバフェットと、シュンペーター的な「イノベーション理論」を体現するマスクの、必然的な意見の違いのように感じた。
この「SCP理論」と「イノベーション理論」の違いに着目しているのが。McGrath (2013)が提唱している「一時的競争優位」の議論なのだが、今日は時間切れなので別の機会で。
(資料)
- Boyd, D. P. (2005). Financial performance of wide-moat companies.Journal of Business & Economics Research (JBER), 3(3), 49-56.
- Kanuri, S., & McLeod, R. W. (2016). Sustainable competitive advantage and stock performance: the case for wide moat stocks.Applied Economics, 48(52), 5117-5127.
- Liu, Y., & Mantecon, T. (2017). Is sustainable competitive advantage an advantage for stock investors?.The Quarterly Review of Economics and Finance, 63, 299-314.
- McGrath, R. G. (2013). Transient advantage.Harvard business review, 91(6), 62-70.
- Porter, M. E. (2008). The five competitive forces that shape strategy.Harvard business review, 86(1), 78-93.