及川直彦のテキストのアーカイブ

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人工知能は創造的な思考を促進するか ―認知科学の観点から―

阿部慶賀(2019) の『創造性はどこからくるか: 潜在処理,外的資源,身体性から考える』(共立出版)を読んでいて、その中の第4章「外的資源としての他者」が、人工知能が創造的な思考を促進するかについて、認知科学の観点から整理できそうだと気づいたので、以下、この章で展開されている議論に私の解釈を一部加えたものをまとめます。

  • 「他者」が思考のプロセスに参加することによって、創造的な思考が促進される効果がある
    • 清河・伊澤・植田 (2007)の実験から、「他者」の存在が創造的な思考を促進することが確認されている
      • 実験の概要
        • Tパズルを個人もしくは複数者が協働して解く
        • 3つの条件を設定する
          • 一人でパズルを解く個人条件
          • 一定期間の試行錯誤を行い、その後ビデオカメラで記録された自分の映像を観察するという手続きを繰り返しながらパズルを解く自己観察条件
          • 二人一組のペアで、まず自分が一定時間の試行錯誤を行い、その後パートナーと交代し、パートナーの試行錯誤を観察する他者観察条件
      • 実験の結果
        • 他者観察条件が個人条件よりも短い時間で正解に至る効果が確認できた
        • 自己観察条件では他者観察条件のような効果が確認できなかった
    • この実験に加え、その他の研究も踏まえると、「他者」の存在は、自らを縛る制約への気づきの機会と、自らの思考を再解釈する機会を創出することにより、創造的な思考を促進しているようである
      • 相手がいることで、自分が考えている解決法とは異なる視点や意見に触れることができる(自らを縛る制約に気づく機会の創出)
      • 相手の視点を意識した対話を行おうとする態度が形成されることにより、問題を多角的に捉え直そうとする(自らの思考を再解釈する機会の創出)
  • このような「他者」の存在による創造的な思考の促進効果は、実は、「他者」が実在しなくてもある程度は発揮されるらしい
    • 小寺・清河・足利・植田 (2011)は、清河・伊澤・植田 (2007)のTパズル問題に加えて、一定期間の試行錯誤を行い、その後ビデオカメラで記録された自分の映像を観察するという手続きを繰り返しながらパズルを解く自己観察条件と同じ映像を「他者の試行」と教示する偽他者観察条件を追加したところ、自己観察条件よりも偽他者観察条件の方が、より自らを縛る制約から解消されることを確認した

  • とするならば、「他者」が人工物であった場合においても、「他者」の存在による創造的な思考の促進効果発揮されるのだろうか

  • 私たちは人工物に対しても、人間と接するときと同じような対人関係能力(社会的な態度)を働かせることが確認されている
    • 人工知能ELIZAは、あらかじめ想定された応答では対処できない問いかけが入力されると、「どのように?」「何か例を挙げてください」と言った、話題の進行を促すようなあたりさわりのない聞き返しをしたりするが、そういったELIZAに対して、ユーザーは対話に没入し、相談相手として対話をしようとする(Weizenbaum 1966)
    • Reeves & Nass (1996) の実験から、私たちはコンピュータのような人工物に対しても、人間と接するときと同じような社会的な態度を働かせることが確認されている
      • 実験の概要 
        • 実験参加者にパソコン(PC)上に実装された学習支援システムを勉強するように課し(学習フェーズ)、その後、別のPC上で学習到達度テストを行い(テストフェーズ)、その結果に基づいて学習支援システムの評価を求める(評価フェーズ)という一連の手続きをとる
        • 評価フェーズでテストの成績が15問中10問正解であったことを通知し、その上で「優れた支援効果があった」といった肯定的なメッセージと、「あまり有能なシステムではなかったといった否定的なメッセージのいずれかが提示される
        • これらの肯定的もしくは否定的なメッセージが、学習フェーズで使ったPCと同じPCから発される場合と、学習フェーズとは別のPCから発される場合を設ける。すなわち、4つの条件を設定する
          • 学習時に用いたPCが自ら肯定的な自己評価を発する自己肯定条件
          • 学習時に用いたPCが自ら否定的な自己評価を発する自己否定条件
          • 学習時とは別のPCが学習時のPCに対して肯定的な評価を発する他者肯定条件
          • 学習時とは別のPCが学習時のPCに対して否定的な評価を発する他者否定条件
      • 実験の結果
        • 他者肯定条件の方が自己肯定条件よりも好意度が高い、すなわち、人間に対して「同じ評価でも本人が自画自賛するよりも第三者による評価の方が、価値がより高く感じられる」と感じるのと同じような社会的な態度が働いていることが確認された
        • 他者否定条件の方が自己否定条件よりも好意度が低い、すなわち、人間に対して「他の人を否定すると見下しているような印象を感じる」「自己評価が厳しい人に対しては謙虚な人物を抱きやすい」と感じるのと同じような社会的な態度が働いていることが確認された
  • このような、私たちが人工物に対しても社会的態度を働かせることを鑑みると、私たちの思考のプロセスに人工物(例: 人工知能)が「他者」として参加することによって、創造的な思考が促進される効果が期待できそうである

ELIZAのような人工知能(いわゆる「人工無能」)によっても、「他者」=相手を意識した対話を行おうとする態度が形成されることで、自らの思考を再解釈する機会を創出することが期待できそうですが、最近その進化が注目されている大規模言語モデルにおいては、その回答を私たちが「自然に感じる」度合いが増すことにより「他者」としての演技力が増しているように感じます。

さらに、大規模言語モデルが問いに対して生成するテキストの中に、ネット上のテキストから学習された、これまで幅広く語られてきていた論点が提示されることにより、自分が見落としていた視点や意見に触れることができ、その結果、自らを縛る制約に気づく機会を創出することも期待できます。ただし、これは、大規模言語モデルが既存のテキストの学習に基づいたものであるため、「これまで幅広く語られてきていた論点」の制約を超えることができないため、むしろ私たちを縛る制約を再帰的に強化してしまう危険もありそうです。

 

資料

Reeves, B., & Nass, C. (1996). The media equation: How people treat computers, television, and new media like real people. Cambridge, UK10, 236605.

Weizenbaum, J. (1966). ELIZA—a computer program for the study of natural language communication between man and machine. Communications of the ACM9(1), 36-45.

阿部慶賀. (2019). 創造性はどこからくるか: 潜在処理, 外的資源, 身体性から考える. 共立出版.

清河幸子, 伊澤太郎, & 植田一博. (2007). 洞察問題解決に試行と他者観察の交替が及ぼす影響の検討. 教育心理学研究55(2), 255-265.

小寺礼香, 清河幸子, 足利純, & 植田一博. (2011). 協同問題解決における観察の効果とその意味: 観察対象の動作主体に対する認識が洞察問題解決に及ぼす影響. 認知科学18(1), 114-126.