及川直彦のテキストのアーカイブ

及川直彦が書いたテキストと興味を持ったテキストのアーカイブ

「ネットワーク効果」についてのメモ

数多くのMEGA TECH企業を育ててきたことで知られるシリコンバレーのベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)のゼネラルパートナーのAndrew Chenが書いた「ネットワークエフェクト」が、今日的なTECH企業の思考の本質を捉えていた本でした。

どの部分も面白いのですが、その中から、世の中でいわゆる「ネットワーク効果」と呼ばれているものを3つの効果に分類し、それらをどのように加速させるかを提示している部分をメモ。

 

3つの効果:

  • ユーザー獲得効果: ネットワークが広がるほど既存ユーザーからの口コミや紹介による新規ユーザーの獲得が促進される効果
  • エンゲージメント効果:ネットワークが密になるほどユーザーの利用頻度が高まり、製品から離れにくくなる効果
  • 経済効果: ネットワークの拡大とともにコスト構造と利益が改善し、収益を上げやすくなる効果

 

加速させるアプローチ:

  • ユーザー獲得効果を加速させるアプローチ
    • 前提となるモデル: ネットワークが広がる→サービスを知る→登録・利用する→知覚品質が高まる→友人や同僚に紹介しようと動機づけられる→紹介を実行する
    • 加速させるアプローチ
      • ユーザーが製品を利用・推奨している場面を見極め、プロセス(バイラルループ)の各段階の改善機会を探索する
      • 見極められた利用・推奨場面や、探索された改善機会に適合する施策を立案し、A/Bテストなど活用しながら検証し、効果が高いものを特定し本格展開する
      • 効果の変化をモニタリングしながら、新たな施策を追加し、施策のポートフォリオをアップデートしていく
      • PayPalが、eBay上でオークション取引で「PayPal払いを受け付けます」と書かれた商品ページが数多くあることに気づき、出品者がeBayの認証情報を入力すると全出品ページに自動で「PayPal払いOK」のバッジを掲載する機能を追加する
      • PayPalにおいて、ユーザーが送金したい相手の友人を招待する行動をとっていたが、それを加速するために、友人を招待したユーザーと招待された人に同時に10ドルをアカウントに付与するキャンペーンを展開する

 

  • エンゲージメント効果を加速させるアプローチ
    • 前提となるモデル: ネットワークが広がる→用途が生まれる→知覚品質が高まる→ユーザーの利用頻度が高まる→用途が増える→知覚品質がさらに高まる→ユーザーの利用頻度がさらに高まる
    • 加速させるアプローチ
      • ユーザーを分類し、それぞれのグループのユーザーごとの属性やモチベーション、利用目的を把握し、それらに適合した機能や情報を見極め、プロセス(エンゲージメントループ)の各段階の改善機会を探索する
      • 見極められた機能や情報、探索された改善機会に適合する施策を立案し、A/Bテストなど活用しながら検証し、効果が高いものを特定し本格展開する
      • 効果の変化をモニタリングしながら、新たな施策を追加し、施策のポートフォリオをアップデートしていく
      • Dropboxにおいて、複数デバイスで利用していて、仕事で他のユーザーとフォルダを共有し共同作業をしているユーザーが価値の高いグループであることが特定されている。この洞察に基づいて、開発のロードマップにおいてファイルの同期や共有作業の機能の改善にフォーカスし、複数デバイス間で同期を簡単に設定する方法を教えるコンテンツを見せる施策や、適切に設定したユーザーにストレージ容量を無料追加するインセンティブを提供する施策を検証し、効果が高いものを本格展開する
      • Slackにおいて、投稿するとポジティブな反応が見え、それが心理的な報酬となってまた投稿をしたくなるというプロセスがあるならば、ポジティブな反応を簡単に送り合う機能(例: 絵文字の「いいね!」)の強化にフォーカスする 

 

  •  経済効果を加速させるアプローチ
    • 前提となるモデル: ネットワークが広がる→知覚価値が高まる→許容価格が高まる(例: 無料→有料)→課金する→ハードサイドのユーザー(多くの労力を割いてネットワークに貢献してくれるが、集め、定着させるのが難しいユーザー)に分配する収益を確保する→ハードサイドのユーザーの参加を動機づける→ハードサイドのユーザーの参加を高める→さらに知覚価値が高まる
    • 加速させるアプローチ
      • ユーザー獲得効果とエンゲージメント効果を加速する(上記)を前提
      • 許容価格の高い状態になっているユーザーを見極め、適合する料金体系を設計する
      • ハードサイドのユーザーに参加を動機づける施策を立案する
      • Slackにおいて、社内のユーザーが増えた企業に対して、部門を横断したメッセージの検索機能や質の高い音声通話機能を実装した有料プランへの切り替えを提案する
      • Uberにおいて、乗客の依頼に応えるために十分なドライバーを確保するために、ドライバーの報酬保証制度(Uberで運転すると4週間は時給30ドル分の報酬を保証するキャンペーン)、競合他社よりも高い報酬を保証する施策、「X回乗客を載せたら報酬にYドルを追加」などインセンティブ施策を強化する


構成概念の一部(例: 「経済効果」)が、複数の概念が混ざっていてややキレがやや良くないところなど、経営学の文献として読むのには若干の課題はありますが、それでも、この本が、今日的なTECH企業の思考の本質を捉えた良書であることに変わりはありません。

デジタル情報技術が価値創造プロセスに与えた影響の整理 (2023.2)

一般的に「デジタル」と呼ばれる情報技術が、企業が価値を創造するプロセスにおいて、1985年から今日あたりまでの間にどのような影響を与え、何が起こったかについて、ざっくりと整理をしてみました。

 

  • 【前提】価値を創造するプロセスが「物理的な部分」から「情報処理的な部分」に移行している (Porter & Millar 1985)
    • 産業革命は、価値を創造するプロセスにおける「物理的な部分」(例: 製造における加工・組み立て・保管・出荷、物流におけるピッキング・仕分け・梱包・配送)において、人間の労働を機械に代替させることによりコストを低下させることができた。
      このプロセスのコストの低下により、「Price=顧客に提供する製品・サービスの価格)あたりのValue=知覚される価値」(以後「Value/Price」)のうち、Priceの部分を下げることができた。
      すなわち、顧客に提供する製品・サービスのValue/Priceを高めることができた
    • 情報革命は、価値を創造するプロセスにおける「情報処理的な部分」(例: 製造における部品注文・生産計画・欠陥の情報、物流における配送先・個数・納期・運賃・配送計画)において、情報技術により記録・保管されたデータの参照や繰り返し処理の自動化、分析に基づく最適化によりコストを低下させ、従来よりも高度なプロセス(例: 高い粒度の対応、相互連携的な対応)ができるようになるだろう。
      このプロセスのコストの低下と高度化により、顧客に提供する製品・サービスのValue/Priceのうち、Priceの部分を下げ、Valueの部分を上げることができるだろう。
      すなわち、顧客に提供する製品・サービスの価格を下げ、カスタマイズやサービス間の連携などにより価値を高めることにより、Value/Priceを高めることができるだろう。

 

  • 【問い】価値を創造するプロセスの中の「情報処理的な部分」において、Porter & Millar (1985)以後の情報技術の進化はどのような影響を与え、何が起こったか

 

  • 【視点1】3つのアプローチから情報技術の能力が増加している
    • 情報の処理能力(プロセッサ速度)は18ヶ月ごとに(Moore’s Law)、情報の蓄積能力(ストレージ)は12ヶ月ごとに(Kryder’s Law)、情報の流通能力(帯域)は9ヶ月(Amazon)もしくは21ヶ月ごとに(Nielson’s Law) 、倍のペースで成長している

 

  • 【視点2】Lanning & Michaels (1988)は、価値を創造するプロセスを、「価値の選択」「価値の提供」「価値の伝達」の三つで構成される「バリュー・デリバリー・システム」で捉えることを提案している
    • 価値の選択
      • バリュー・ドライバーの理解
      • ターゲットの選択
      • ベネフィットと価格の定義
    • 価値の提供
      • 商品のデザイン・プロセスの設計
      • 調達・製造
      • 流 通
      • サービス
      • 価 格
    • 価値の伝達
      • 販売のメッセージ
      • 広 告
      • 販売促進
      • 広 報

(Lanning & Michaels 1988)
  • 【視点1と視点2の照応-価値の伝達】価値を創造するプロセスの中で、特に「価値の伝達」に関連する部分においては、以下のようなことが起こったのではないか。
    • 【モデル1】ウェブサイトによる情報提供・ウェブブラウザによる情報閲覧が組み合わさった情報環境(以後「ウェブベースの情報環境」)が、企業から顧客に情報を提供するコストを低下させた
    • 【モデル2】ウェブベースの情報環境を利用する企業が増えると顧客が増える⇄顧客が増えると企業が増えるネットワーク効果が発生した
    • 【モデル3-a】ウェブベースの情報環境の利用者が増加することにより、この情報環境を販売チャネルとして活用することで従来の小売チャネルよりもPriceを下げることでValue/Priceを高めることを狙うEC事業者が登場した
    • 【モデル3-b】EC事業者の一部は、情報の蓄積能力/コストの向上を活用して、従来のチャネルよりも豊富な品揃えを拡充することでValueを上げ、Value/Priceを高めた
    • 【モデル3-c】EC事業者の一部は、情報の処理能力/コストの向上を活用して、従来のチャネルよりも容易な注文・決済の手段を提供し取引コストを下げることでValueを上げ、Value/Priceを高めた
    • 【モデル3-d】EC事業者の一部は、情報の処理能力/コストの向上と情報の蓄積能力/コストを組み合わせて活用して、商品のレコメンデーションの精度を向上させ探索コストを下げることでValueを上げ、Value/Priceを高めた
      • 参考: Alba et al. (1997)は、ECが、従来の小売のフォーマットよりもより多くの考慮集合の選択肢を提供し、それらの選択肢の中からより容易な絞り込み(スクリーニング)や定量的な情報収集、注文・配送における顧客の取引コストの低下を可能にしていることを示した。

 

(Alba et al. 1997)
    • 【モデル4-a】ウェブベースの情報環境の利用者が増加することにより、顧客間のインタラクションのコストを下げることでValueを上げ、Value/Priceを高めることを狙うソーシャル・メディア事業者が登場した
    • 【モデル4-b】ソーシャル・メディア事業者の一部は、情報の処理能力/コストの向上と情報の蓄積能力/コストを組み合わせて活用して、表示する情報の閲覧するユーザーの関心に対するマッチングの精度を向上させることでValueを上げ、Value/Priceを高めた
    • 【モデル4-c】ソーシャル・メディア事業者の一部は、情報の処理能力/コストの向上と情報の蓄積能力/コストを組み合わせて活用して、自らの投稿した情報に対する反応を知覚させる手段を提供することでValueを上げ、Value/Priceを高めた
    • 【モデル5-a】ウェブベースの情報環境の利用者が増加することにより、この情報環境を情報提供サービスとして活用することで従来の情報提供サービスよりもPriceを下げることでValue/Priceを高めることを狙う情報提供サービス事業者が登場した
    • 【モデル5-b】情報提供サービス事業者の一部は、情報の処理能力/コストの向上と情報の蓄積能力/コストを組み合わせて活用して、表示する情報や広告の閲覧するユーザーの関心に対するマッチングの精度を向上させることでValueを上げ、Value/Priceを高めた
    • 【モデル6】企業は、自社の製品・サービスの価値を伝達するために、従来型のチャネルやメディアを活用するとともに、利用者が増加したEC事業者やソーシャル・メディア事業者、情報提供サービス事業者を活用したり、これらの事業者が提供している価値を自社が主体で展開したりするようになった

 

  • 【視点1と視点2の照応-価値の選択】価値を創造するプロセスの中で、特に「価値の選択」の部分においては、以下のようなことが起こったのではないか。
    • 【モデル7】EC事業者やソーシャル・メディア事業者、情報提供サービス事業者から提供されるデータや、自社のサービスを通じて、ウェブベースの情報環境の利用者の登録データや閲覧・購買履歴データを活用することにより、従来よりも高い粒度のセグメンテーションに基づき、対象セグメントごとに、自社の提供する製品・サービスの価値を構成する要素(Value Driver)にフォーカスすることでValueを維持しながらPriceを下げ、Value/Priceを高めるようになった

 

  • 【視点1と視点2の照応-価値の提供】価値を創造するプロセスの中で、特に「価値の提供」に関連する部分においては、以下のようなことが起こったのではないか。
    • 【モデル8-a】ウェブベースの情報環境の利用者が増加することにより、この情報環境を社員間や部門間、取引先企業間のコミュニケーションとして活用することで従来よりも容易なやりとりの手段を提供し取引コストを下げることでValueを上げ、Value/Priceを高めることを狙うB2Bサービス事業者が登場した
    • 【モデル8-b】B2Bサービス事業者の一部は、情報の処理能力/コストの向上と情報の蓄積能力/コストを組み合わせて活用して、表示する情報や機能の利用する閲覧するユーザーのニーズに対する適合度を向上させることでValueを上げ、Value/Priceを高めた

 

  • 【視点1と視点2の照応-その他】価値を創造するプロセスの「価値の選択」「価値の提供」「価値の伝達」に横断的に影響するものとして、以下のようなことが起こっていたのではないか
    • 【モデル9】情報の流通能力が向上することにより、広帯域が必要とされるデータ(例: 動画)が活用できるようになることにより、主としてモデル3-a、モデル4-a、モデル5-a、モデル6、モデル7、モデル8aにおいて、利用者が知覚する価値を高めることでValueが上がり、Value/Priceが高まる
    • 【モデル10】情報の流通能力がモバイル利用においても整備され、端末の情報の処理能力が向上することにより、常時閲覧できるウェブベースの情報環境が実現することにより、主としてモデル2、モデル3-a、モデル4-a、モデル5-a、モデル6、モデル7、モデル8aにおいて、利用者が知覚する価値を高めることでValueが上がり、Value/Priceが高まる
    • 【モデル11】情報の流通能力がセンサー装置においても整備され、価値を創造するプロセスの中で「物理的な部分」と近接する情報が取得されることにより、主としてモデル8-aにおいて、利用者が知覚する価値を高めることでValueが上がり、Value/Priceが高まる
    • 【モデル12】情報の処理能力/コストの向上と情報の蓄積能力/コストを組み合わせて活用するデータ分析の技術自体が進化することにより、主としてモデル3-d、モデル4-b、モデル4-c、モデル5-b、モデル7、モデル8bにおいて、利用者が知覚する価値を高めることでValueが上がり、Value/Priceが高まる


資料:
Alba, J., Lynch, J., Weitz, B., Janiszewski, C., Lutz, R., Sawyer, A., & Wood, S. (1997). Interactive home shopping: consumer, retailer, and manufacturer incentives to participate in electronic marketplaces. Journal of marketing61(3), 38-53.

Lanning, M. J., & Michaels, E. G. (1988). A business is a value delivery system. McKinsey staff paper41(July).

Porter, M. E., & Millar, V. E. (1985). How information gives you competitive advantage. Harvard Business Review, 63, 149-160.

ランダム化比較試験はなぜ因果関係を証明できるのか

ランダム化比較試験はなぜ因果関係を証明できるのかについて、ジューディア・パール&ダナ・マッケンジー(2022)『因果推論の科学』文藝春秋にあった因果ダイアグラムを使った説明が面白かったのでメモ。

 

例えば、「畑全体に肥料1を一様に与えた場合、肥料2を一様に与えた場合に比べて、収穫量がどのように変わるか」〔P(yield|do(fertilizer=1))〕を予測したい場合に、以下の3つのモデルを使うと、ランダム化比較試験において何が起こっているかが理解できる。

 

  1. 調整が不適切な実験
    あまり深く考えることなく実験をすると、たとえば肥料1をやや標高の高い区画に与え、肥料2をやや標高の低い区画に与える→「水はけ」が交絡因子になる可能性や、ある年にある区画に肥料1を与え、次の年、同じ区画に肥料2を与える→「天候」が交絡因子になる可能性がある。同様に、土壌肥沃度、地質、微生物の数も交絡因子となる可能性がある。
    この世界は因果ダイアグラムを使うとモデル1のように表現される。
    例えば「水はけ」はどの肥料を与えるかと、どれくらいの収穫量になるかの両者に影響する。

    【モデル1】

  2. 本当に知りたい世界
    予測したいのは、全ての区画に肥料1を与えた世界=「肥料」に向かう矢印が消去され、「肥料」の変数を強制的に特定の値(ここでは「1」)に固定されている世界における収穫量である。
    この世界は因果ダイアグラムを使うとモデル2のように表現される。

    【モデル2】

  3. ランダム化比較試験によってシミュレートされる世界
    「肥料」の変数の値を、ランダムな選択をする道具(フィッシャーの場合はトランプのカードを使用)によって決める場合、do(fertilizer=1)になる区画もあれば、do(fertilizer=2)になる区画もあるが、どちらになるかの選択はランダムになり、このような世界は因果ダイアグラムを使うとモデル3のように表現される。
    引いたカードのみに基づいて肥料を選択するため、変数「肥料」に向かう矢印がすべて消えており、また、収穫される植物はカードを認識できないので、「カード」から「収穫量」に向かう矢印がない。すなわち、モデル3においては、「肥料」と「収穫量」の間の関係には交絡因子がない。

    【モデル3】

     

ランダム化されていない実験はモデル1のように交絡因子があり、私たちが予測したいのがモデル2だとすると、肥料1をどの区画に与えるかをランダムに決めるモデル3は、モデル2をシミュレートしているというわけである。

「コライダーバイアス」についてのメモ

ジューディア・パール&ダナ・マッケンジー(2022)『因果推論の科学』文藝春秋 の中に登場する「コライダーバイアス」という概念が面白かったので以下メモ。 

  • 「コライダー(合流)」は、2つのリンクでつながる3ノードのネットワーク(以後「ジャンクション」)における三つの基本型のうちの一つで、A→B←C(BがAとCの2つの変数から影響を受けている)という関係のものである。たとえば、ハリウッドの俳優には「才能→名声←美貌」という関係が見られるが、これがコライダーの例である。才能と美貌はともにその俳優の名声に寄与するが、才能と美貌の間には何の関係もない
  • コライダーにおいては、Bを条件付ける(例: ある値のデータを対象とする)と、AとCがそもそも独立していたとしても、互いに従属関係に変わるというものである。たとえばハリウッドの俳優の「才能→名声←美貌」の場合、Bにおいて、有名な俳優(名声=1)だけを見ると、その俳優の美貌が劣っているほど、才能が優れているという信念が高まる、すなわち、才能と美貌の間には負の相関が生じる。しかしながら、才能と美貌の間には何の関係もない
  • なぜこのような負の相関が生じるのだろうか。俳優が有名になるためには、才能と美貌の両方は必要なく、どちらか一つがあれば良いとするならば、すでに名声を得た俳優Aに素晴らしい演技の才能がある場合、それだけで彼の成功をうまく説明できるため。彼が平均以上の美貌である必要はない。あるいは、既に名声を得ている俳優Bに演技の才能がなければ、彼の成功を説明できるのはその美貌ということになる。したがって、名声=1の場合、才能と美貌は反比例の関係になる。こういった、Bを条件付けた場合に独立したAとCの間に生じる相関関係は、コライダーバイアスと呼ばれる
  • 次のような実験について考えてみよう。2枚のコインを同時に投げることを100回繰り返して、どちらか一方、あるいは両方が表だった場合に、その結果を書き留める。するとおそらく、75回分程度は記録することになるはずだ。記録を見て気づくことはないだろうか。どうやら、2枚のコインの表裏は独立していないようなのだ。コイン1が裏だとコイン2は毎回表になっている。なぜこんなことが起きるのだろうか。2枚のコインは、何らかの手段で、光のような速度でコミュニケーションを取り合っているのだろうか。もちろん、そのようなことはあり得ない。このようなことが起こるのは、両方が表になった場合を記録しないことにより、コライダーが条件づけられているためである
  • 私たちには、何かパターンを見出すたび、私たちはそれに対して因果関係で説明を加えようとし、データの裏には必ず何か常に変わらない安定したメカニズムがはたらいていると思いたいという癖がある。たとえば「XはYの原因である」というように、両者の間に直接の因果関係があるという説明があると満足し、もしそれがないとするならば、「XとYに共通の原因がある」という説明である程度満足する。この癖を持つ私たちには、コライダーが存在するという説明は弱く感じられ、因果関係を求める願望は満足しない。その説明をされても、2枚のコインが協調して動いているように見える理由は十分にわかったとは思えないのだ。コインは互いにコミュニケーションをとってはいないし、はっきり目に見えている相関関係は、まさに文字通りの「幻想」だといった説明にはどうしても失望してしまう
  • しかも、この幻想は、実は、自分の行動によって生じた「妄想」ということになる。データセットがどの事象を含め、どの事象を無視するかを自ら選択したことによって、ありもしない相関関係が存在するように見えたというのである
  • ここで例にあげた2枚のコインを投げる実験の場合、選択は意識的なものだが、私たちは、こうした選択を意識的にしているとは限らない。無意識のうちに同様の選択をしていることは非常に多いし、知らないところであらかじめ選択がなされている場合も少なくない。それゆえ、私たちは、コライダーバイアスに簡単に騙される

これまでの統計学の中で、「XとYに共通の原因がある」=交絡因子も因果関係を解明する際によく知られた「手強い敵」なのですが、このコライダーバイアスは、私たちが無自覚な思考の癖が関わっていることもあり、交絡因子とは異なったタイプの手強さを感じますね。

柄谷行人の「世界史の構造」の復習

柄谷行人(2022)『力と交換様式』 岩波書店 を読む前提として、この議論のベースとなっている、柄谷行人(2010)『世界史の構造』 岩波書店から、交換様式A-Dと、それと対応する権力(力)の種類、歴史的/近代の社会構成体、世界システムについて、以下整理しました。

 

 

A

B

C

D

交換様式

互酬
世帯や数世帯からなる狩猟採取民のバンドが、外の世帯やバンドとの間に恒常的に友好的な関係を形成するときに行われる、贈与と返礼など

略取と再分配
ある共同体が他の共同体の略奪を継続的にしようとするときに行われる、服従する共同体の他の侵略者からの保護や、灌漑などの公共事業

商品交換
共同体に拘束されない自由な存在である個人の間の、相互の合意に基づく取引。貨幣と商品の交換が一般的

X
交換様式Bがもたらす暴力への服従や身分の分裂、交換様式Cがもたらす階級分裂を超えて、交換様式Aを、伝統的共同体への拘束を否定しながら高次元で回復するもの

権力(力)の種類

拘束
各員は、生まれながら贈与された共同体に返済する義務を負い義務(掟)を破ると共同体から見放されることによる拘束

暴力
- 共同体を超えた共同規範(法)を機能させるために国家権力によって独占された実力(暴力。この実力はつねに法を介してあらわれる
- 支配者と被支配者の間で身分が分裂

貨幣の力
- 貨幣の所有者が商品の所有者に対してもつ権利。貨幣は蓄積できるが、商品は貨幣と交換されなければ廃棄されるほかないことから、貨幣の所有者が優位
- 貨幣の所有者は、他者を物理的・心理的に強制することなく、交換によって使役ができるようになり、貨幣を多く所有する者とそうでない者の間で階級が分裂

"神の力"
人間の願望や自由意志を超えた至上命令としてあらわれる

歴史的な社会構成体
(政治的な上部構造/
生産様式の下部構造)

無国家/氏族社会

- アジア的国家/王ー一般敵隷属民(農業共同体)
- 古典古代国家/市民ー奴隷
- 封建的国家/領主ー農奴

近代国家/資本ープロレタリアート

普遍宗教の創始期に存在した共産主義的な集団に近いもの

近代の社会構成体

ネーション
社会構成体の中で、資本=国家の支配の下で解体されつつあった共同体あるいは交換様式Aを、資本制の階級対立や諸矛盾を超えた共同性をもたらすために、想像的に回復する形であらわれるもの

国 家
「略奪と再分配」が「国家への納税と再分配」となり、王に代わって主権者となった「国民」は彼らを代表する政治家及び官僚機構のもとに従属すると形を変えながら存続するもの

資 本
贈与原理に基づく一次的な共同体の拘束から自由な存在である個人が自発的に形成したもの、例えば都市など。ただし、都市も二次的な共同体としてその成員を拘束するものとなる

X
自然発生的な評議会コミュニズム、共通の目的・関心を持つ者が集まり結びつくアソシエーションに近いもの

世界システム

ミニ世界システム
国家が存在しない世界

世界=帝国
単一の国家によって管理されている状態の世界

世界=経済(近代経済システム)
政治的に統合されず、多数の国家が競合しているような状態の世界

世界共和国
軍事的な力や貨幣の力によってではなく、贈与の力によって形成されるもの


柄谷行人 (2010) 『世界史の構造』 岩波書店 pp. 3-44.

柄谷行人の「情報革命」についての見解

柄谷行人(2022)『力と交換様式』 岩波書店 の中から、いわゆる「情報革命」についてシニカルかつ本質的に言及している部分を備忘のために引用。

 

“ …たとえば、産業資本の場合、貨幣と労働力商品の交換において、労働者・労働組合の同意がなければならない。では、いかにしてそこに剰余価値が生じるのか。それは、資本が、技術革新や協働化を通して労働生産性を上げ、労働力の価値を実質的に下げることによってのみ可能になる。その意味で、商人資本では、利潤となる差異が空間的に見出されるのに対して、産業資本では、差異は時間的に創り出されるといってよい。

 したがって、産業資本の蓄積を可能にするのは、二重の意味でのexploitation、つまり、開発=搾取である。ここに産業資本特有の原理がある。

 その意味で、資本は根本的に商品資本的である。とはいえ、資本制経済を飛躍的に発展させたのは、差異を空間的に”発見”するというより、時間的に“創出”する産業資本であった。そして、そのことが「産業革命」をもたらしたといってよい。それは、石炭を用いた蒸気機関に代表される第一次産業革命、電気及び石油にもとづく第二次産業革命、さらに、コンピュータにもとづく第三次産業革命、として大別される。

 現在、この第三次革命がかつてない変化をもたらしつつある、とみなされている。そして、それは『資本論』には見いだせないような、現代的な問題である、と。しかし、そうではない。『資本論』は、資本が存続するために、絶え間なく差異をexploit(開発=搾取)するほかないことを理論的に示したのである。そして、そのことは、資本制経済を「生産様式」からだけではなく、「交換様式」から見ることによってのみ可能となった。にもかかわらず、今日でも支配的な見方は、「生産様式」に注目することである。

 たとえば、今日、電子機器(エレクトロニクス)やAI、情報産業が、いかに社会と人間を変容させるかがしきりと議論されている。しかし、そのような議論は、すでに1950年代からなされていた。たとえば、マーシャル・マクルーハンは、テレビというメディアがもたらす社会的変化に着目した(『人間拡張の原理―メディアの理解』1964年)。彼は、テレビの時代とともに、人々の感受性がラジオの優位にあった時代からいかに変化したかを強調した。すなわち、”ホット”から”クール”に。

 しかし、そのような変化は、たんにメディアの変化によるのではない。また、それが”人間拡張”をもたらしたわけではない。マクルーハンのような見方は、結局、社会の歴史を生産様式から見ることから来ている。そこには、交換様式の観点が欠けている。例えば、ラジオの時代に起こった変化は、交換様式から見ると、C〔商品交換(貨幣と商品)〕が優越的となってA〔互酬(贈与と返礼)〕を支配するようになったことを示している。そして、テレビの時代では、Cの力がいっそう”拡張”されたといってよい。また、そこから見れば、それ以後の社会において何が生じるかも、ある程度予測できるだろう。”  (pp. 294-295.)

 

“ そもそも、資本の価値増殖をもたらすのは、物の生産自体ではなく、それがもたらす差異化である。いいかえれば、資本制の下での生産とは、むしろ差異の生産なのだ。その意味で、商人資本と産業資本の違いは決定的ではない。そうマルクスは考えていた。そして、そのことは、製造業が優位にあった19・20世紀よりも、現在の情報=差異を追求する資本主義経済において顕在化したといってよい。今や、ここから見ると、『資本論』は、第一次・第二次産業革命を材料にしながら、それよりもはるか先の変化を見通していたといえる。

 別の観点からいうと、工業的産物が有形(tangible)であるのに対して、運輸がもたらす財(資産)は無形(intangible)である。本来、資本にとってはどちらであっても構わない。ただ、20世紀では有形のものが支配的であり、今日では無形の物の方が支配的となってきた、といえる。つまり、工場や店舗といった有形の資産ではなく、データやアルゴリズム、ブランド、特許、研究開発といった無形の資産の割合が増加した、ITプラットフォーム企業の台頭が示すように、いわば、「資本のない資本主義」が出現したのである。

 このように、産業資本の対象が物から情報に、有形から無形に転化したことは画期的に見える。しかし、それらは、マルクスの『資本論』が示したこと、すなわち、資本の自己増殖を可能にするのは、絶え間ない「差異化」だという認識を超えるものではない。産業資本の対象が物から情報に、有形から無形に転化したことは、画期的な変化=差異のように見えるが、そもそも資本が追求するのは、”差異”であり、したがって”無形”なのだ。また、それを推進する力は、人でも物でもなく、”物神”にある。

  かくして、資本は存続するために、絶え間なく差異=情報を追求しなければならない。そして、物質的であろうと非物質的であろうと、差異化が可能であるかぎり、資本は存続する。実際。それが今日の情報革命をもたらしたのであり、それが世界各地に急速に浸透しつつあるのだ。それは、これまでにあった世界各地の文化的差異を消去しつつある。それは、資本の存立する基盤を損なうことにもなる。ゆえに、それが今後に資本を新たな危機に追いやることは疑いない。しかし、後述するように、それが必然的に物神の死滅をもたらすわけではない。  (pp. 297-299.)

統計的有意とともに効果量も大事

定量的な研究において、データの分析の中で統計的有意が論点となることが多いのですが、それに対して、統計的有意の検定とともに、効果量と信頼区間を示すことの重要性が指摘されています。

この指摘を解説した本として、 大久保街亜・岡田謙介 (2012) 『伝えるための心理統計』勁草書房 がわかりやすいのでおすすめします。

この本から以下引用します。

" 最近,統計解析やその結果の記述に関して, 「改革」 が進んでいます. 主に論文投稿の規則に関して, 改革は今でも進行中です. その結果,帰無仮説検定に対する過度な依存が少しずつ弱まってきました. たとえば, 論文を投稿する際,  原稿に帰無仮説検定の結果しか記載しなかったら, (国際的な論文誌で) 採択される可能性は高くないでしょう. 少なくとも審査の過程で何らかの指摘を受けると思います (そのような例を多々見てきました).実際,多くの論文誌では, 帰無仮説検定を行う場合, あわせて効果量の報告を義務づけています. 国際的な論文誌の最新号を手にとって見てください. 結果のセクションには, 必ずと言ってよいほど, 効果量が書かれているはずです." (p.2)

" APA(アメリカ心理学協会) の推測統計に関する専門委員会は, 帰無仮説検定への疑問や批判を整理しただけでなく, 改善に向けて具体的な提案を提示しました. その検討結果は  「心理学論文誌における統計の方法: ガイドラインと説明 (Statistical methods in  psychology journals: Guidelines and explanations)」 と題され, American Psychologist に  発表されました (Wilkinson & APA Task Force on Statistical Inference, 1999). この論文  では, データの分析において, (1) 必要最小限の分析を選択すること, (2) 信頼区間 (confidence interval,以下CI と略す) を使用した区間推定を行うこと, (3)  重要な知見あるいは p値を報告するときは必ず効果量を報告すること, (4) 分析の前提が充たされていることをきちんと示すことの 4点が主に述べられました. これらの提案は, 帰無仮説検定だけを重視してきた心理学における推測統計のあり方に, 一石を投じるものとなったのです."(p.15)

" 彼 (Geoffrey Loftus) は, 1993年に  Memory & Cognition誌の主任編集者に就任しました. そして, いくつかの画期的な編集方針を打ち出したのです. まず, データの分析において, ただ闇雲に t値や F値を計算し, p値を報告する帰無仮説検定への過度の依存を問題視しました. そして, このような悪しき習慣を続けるよりも, 適切にデータを図示することが有益だと主張しました. 百聞は一見にしかずということわざがあります.  Loftus によれば, 「図は 1000個の p値に勝るのです (A picture is worth a thousand  p-values, Loftus, 1993, p.3)」. Loftus は, データの図示の有用性を強く主張しました. 特に, 論文中の図で, 必ず誤差範囲を載せるように著者に求めました. また, Loftus & Masson (1994) は, 帰無仮説検定に代わるアプローチとして, CI の使用を強く推奨しました." (p.16)


ちなみに、「心理学論文誌における統計の方法: ガイドラインと説明」は、以下のリンクから閲覧することができます。

http://www.mobot.org/plantscience/ResBot/EvSy/PDF/Wilkinson_StatMeth1999.pdf

 

定量研究においては、p値とともに、信頼区間付きの効果量のグラフを書きましょう。