及川直彦のテキストのアーカイブ

及川直彦が書いたテキストと興味を持ったテキストのアーカイブ

デジタル 情報技術が事業環境にもたらす変化を再考する

今から10年ほど前、まだ「デジタル ・トランスフォーメーション」という言葉が人口に膾炙する前に、デジタル 情報技術が事業環境にもたらす変化について整理しようとしていて、それを「マーケティング・ジャーナル」で発表し、その内容をもとに、講演などで紹介していたことがありました。

当時の「マーケティング・ジャーナル」の論文はこちらに公開されています。

当時の講演の資料は、2012年1月20日に「嶋口・内田研究会」で講演の機会をいただいた際に使ったものが私の手元に残っておりました。そのときに使ったスライド3枚を再掲します。
最初のスライドは、Paul Baranが提案した分散型のネットワークを説明したもの。当時一般的だった中央集権型のネットワークを「ツリー型」、Baranが提唱した分散型のネットワークを「リゾーム型」と位置付けています。

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続いて、ツリーとリゾームの説明。私が大学時代に愛読したテーマを、ここから突っ込んでいます(笑)。インターネットとして世の中に普及した分散型ネットワークと近いモデルで捉えられると話していたはずです。

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そして、デジタル情報技術がもたらした事業環境(この講演のときには、それをもう一歩踏み込んで、「デジタル ・プラットフォーム時代のコミュニケーション環境」と呼んでいますが)において、企業と個人の間、同一企業内の社員の間、そして、異なる企業の間で、コミュニケーションの仕方が、ツリー型からリゾーム型に移行するというフレームワークを提示しています。

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このスライドの後に、これらのツリー型からリゾーム型への移行の予兆となる事象や経営学で登場した概念をひとつひとつ解きほぐして説明するスライドが23枚続き、さらに当時私が研究していた、顧客と企業の間のインタラクションのメカニズムに関する実証研究の紹介するという構成でした。いや〜懐かしい。 さて、この「デジタル ・プラットフォーム時代のコミュニケーション環境」のフレームワークですが、その後10年を経た今日の視点で眺めると、以下のように感じます。

  • 企業=顧客のリゾーム化は、ソーシャル・メディアの普及により、この後の10年間でますます進んだ。顧客発の情報は大きな力を持つようになり、顧客が自らの興味・関心に合致した情報を顧客間で交換することにより、従来のデモグラフィックな要因とは異なる要因によってミクロセグメントを形成するようになり、企業はこのミクロセグメントに適合するように自社の商品開発やマーケティング・コミュニケーションを最適化し始めている

  • 企業内のリゾーム化は、従来の組織を横断するプロジェクトに権限を持たせて機動的に事業を推進する企業も出てきており、例えばSlackのようなチャットツールがそれを支援している。その一方で、企業活動においてコンプライアンスが求められるようになる中で、組織のガバナンスを強化すること(これ自体は経営的に正しいことなのだが)の副作用として、技術的にはリゾーム型のやりとりができても、組織のルールにおいてそれが円滑に進められず、組織が個々のユニットの中に閉じてしまう傾向も懸念される。 いわゆる「コロナ後」の事業環境において、Zoomなどオンライン会議ツールの普及が加速したが、これはツリー型にもリゾーム型にも使われうる

  •  企業=企業の関係のリゾーム化は確実に進んでいる。多くの従来型の企業は、それまで自社内に抱えてきた機能をアウトソースし始めていて、SaaS企業がそのアウトソースのニーズを取り込んで成長している。また、新たに台頭したD2C事業者は、コア・コンピタンスに資源をフォーカスし、その他の領域はイネーブラーとAPI連携しながらバリュー・デリバリー・システムを構築することによって、投入資源あたりの成長を加速させることに成功している


さらに、そもそもこのフレームワークに入っていなかった以下のような要素が、この10年間で前景化したとも感じます。

  • データ分析による最適化のパワーが、10年前に想像したよりもはるかに強力である。特に機械学習によってアルゴリズムを自動処理する(≒世の中の人々がイメージするAI)ことによって見出される最適化の機会を特定する数は人間が行なっていた分析に比べて圧倒的に多い。この圧倒的な数の最適化の機会を特定し、実装できる企業と、そうでない企業との間の差は、競争優位の大きな要因となっている

  • 顧客=生活者がリゾーム化して形成したミクロセグメントが、デジタル ・プラットフォームの最適化機能が進化することによって、いわゆる「フィルターバブル」(デジタル ・プラットフォームのアルゴリズムが、各ユーザーに適合しなさそうな情報をフィルターすることにより、ユーザーが見たい情報だけを見るようになること)をもたらし、それによってミクロセグメント間の分断が激しくなる。これは、デジタル情報技術を使いこなすようになった企業にとって短期的には問題ではないだろうが、社会的には、合意形成などにおいて深刻な問題となりつつあり、これが進むと、そもそも経済活動の前提となる安定した社会構造が保てなくなる可能性がある

前者については、私自身がこのフレームワークをつくった後で、実務において携わる中で肌で感じた、機械学習を活用した予測分析の可能性を、もっと多くの実務に携わる方々に気づいていただけるよう、私も大学の授業などにおいて取り上げていきたいと考えています。

後者については、たとえばスマートニュースの「ポリティカルバランシングアルゴリズム」のような、アルゴリズムを設定する人間側の課題設定そのもののクリエイティビティが求められるでしょう。

さて、このアルゴリズムのクリエイティビティの源泉となるものは何か?

鈴木健氏が2013年に出版した「なめらかな社会とその敵」の中に、次のような一節があります。

 認知コストや対策コストの問題から、私たちは複雑な世界を複雑なまま観ることができず、国境や責任や自由意志を生み出してしまう。逆にいえば、認知能力や対策能力が脳の進化や技術の進化によって上がるにしたがって、単純化の必要性は薄れ、少しずつ世界を複雑なまま扱うことができるようになってくる。人類の文明の歴史とは、いわばそうした複雑化の歴史である。
 インターネットやコンピュータの登場は、この認知能力や対策能力を桁違いに増大させる生命史的な機会を提供している。これらの情報技術を使って、この複雑な世界を複雑なまま生きることができるような社会をデザインし、その具体的手法をいくつかを提案することが本書の目的である。
〔鈴木健 (2013), 『なめらかな社会とその敵』 勁草書房。〕

 
デジタル 情報技術が事業環境にもたらす変化を正しく活用するためには、短期的な最適化に止まらない視点が必要となるでしょう。その視点のヒントは、経営学以外のところにあるように感じます。

内製とアウトソースに関する先行研究の整理 (draft1)

はじめに
Kotler and Stigliano (2018)は、「リテール4.0」において、小売業の今日的なあり方を「デジタル技術を活用した『人間対人間』の取引」と論じ、その特徴として、伝統的な仲介を迂回し、コンテンツや商品を直接顧客に提供し、オンラインで取引を完結することと、ソーシャル・メディアを通じて顧客と対話することを挙げている。
このような「リテール4.0」の典型的なビジネスの一つが、2000年代後半に米国で登場し、世界各国に広がっている「D2C」であろう。
Leimstoll and Wölfle (2020)は、D2Cの基本機能となる直接販売(direct sales)を「(ブランドのメーカーによって)垂直統合された流通チャネルによって実現される販売」と定義している。ブランドのメーカーが自らオンラインや店舗で販売する点では、アパレル業界において、それまで卸や小売に支払っていたコストを削減することで提供する価格を抑制し、顧客が知覚する価値を高めようとしたSPA(製造小売業)と同じものに見える。
しかしながら、D2Cには、SPAと異なる特徴もある。その代表的なものは、「リテール4.0」で語られているソーシャル・メディアを通じた顧客との対話を重んじる点がまず挙げられるが、それとともに、Leimstoll and Wölfle (2020)は、決済や輸送、広告など支援機能(supporting functions)は、第三者のサービス提供者にアウトソーシングするという点を挙げている。
尾原 (2020)は、D2Cのプレイヤーにおいて、「イネーブラー(enabler)」と呼ばれるサービス提供者の役割の重要性を指摘している。例えば、支払関係の苦労を解放するキャッシュレスサービス提供者のようなイネーブラーが登場することにより、「自分の好きなことが商売になったらいいな」という個人の思いをかなえ、従来なら「こんなのは商売にならない」とあきらめていたような小さなことでも、ビジネスとして成り立つ可能性を広げ、個人を人間らしい活動に集中させることを可能にしたことを例示している。
D2Cのビジネスにおいて、経営者・ブランドクリエイターの「個人の思い」=ブランドが解決したい社会課題やヴィジョンとミッション、そこに至った個人のストーリーが核となり、その「個人の思い」を顧客とソーシャル・メディアなどを介して直接的に会話し、その実現のための製品・サービスの改善を短いサイクルで展開する「人間らしい活動」が核となる活動だとするならば、イネーブラーの登場によって、そのような活動に時間を割いて事業を展開することを可能になったといえよう。
しかしながら、それならば、何でもかんでもイネーブラーにアウトソースすれば良いのだろうか?おそらくそんなに単純な話ではない。なので、D2Cの経営者は、何を内製化し、何をアウトソースするかについて判断が求められる。
また、D2C以外に、従来型の事業を展開する企業においても、いわゆる「デジタル・トランスフォーメーション」と呼ばれる、デジタル情報技術がもたらしが事業環境において、自らの事業を再定義しようという取り組みの中で、例えば「プラットフォーム企業Xと組むべきか、それとも組まないべきか」といった問いが延々と議論がされているという。この問いも、その本質は、新たなタイプの取引先が登場する中で、「何を内製化し、何をアウトソースするか」という判断であると言えよう。
そこで、この判断の参考となる示唆を探るために、何を内製化し、何をアウトソースするかについて、これまで経済学や経営学で論じられてきた概念をいくつか見てみよう。
先行研究の全体像
実務においては、図1の左側のような意見が、「内製すべき」という議論においてしばしば語られているのではないだろうか? それぞれの議論に対応した、経済学・経営学の代表的な先行研究を右に挙げた。

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図1
以後、それぞれの概念を見ていこう。
分 業
内製すべきか、アウトソースすべきかの議論に入る前に、その前提となる「分業」の議論を整理したい。経済学者のアダム・スミスは、当時の衣服の縫製において使われたピンの製造プロセスに着目し、皆が同じ仕事をするよりも、異なる仕事ごとに分業する方が生産性が向上することを指摘した(図2)。

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図2
垂直統合と水平分離
この分業の形態は、その後、主として、自社内で分業する垂直統合と、企業間で分業する水平分業の二つのアプローチによって追求されてきた(図3)。

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図3
経験曲線
垂直統合すべきか、水平分業すべきかを検討するかを検討する際の主要な論点の一つは、どちらにおいてより低いコストを実現できるかである。その論点に対して、経験曲線(図4)は、どちらにおいてより累積生産量を増やすことができるかによって指針を示すことができる。もしその業務に対して、内製して自社の社員が経験を重ねる機会よりも、アウトソースして社外の社員が経験を重ねる機会が多いならば、アウトソースする方が低いコストで同一の業務をこなせることになる。

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図4
取引コスト
この経験曲線に基づくコストの観点とともに、そこでは見えない「取引コスト」も考慮に入れる必要がある(図5)。内製化することによって取引コストを抑えることができるが、それによって、先に登場した経験曲線を効かせたプレイヤーが市場原理の中で価格を抑えることなどによるベネフィット(組織化コスト)を失うことになる。どちらのコストが高いかによって、内製とアウトソースの線引きができる。

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図5
何を内製化し、何をアウトソースするかについて検討する際には、これまで登場してきたコストの観点からの検討以外に、「コア・コンピタンス」「知識経営」そして「ホールドアップ問題」も実務に示唆があるだろう。
コア・コンピタンス
あらゆるプロセスを垂直統合(内製化)するのではなく、自社の競争優位の源泉となるスキル(コア・コンピタンス)を磨き込むことを重視すべきという議論(図6)は、コア・コンピタンスと関連性が高い領域は内製することが合理的な場合があるが、それ以外は内製にこだわる必要がないことを示している。

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図6
知識ベースの企業理論
外部の知識を得るために社外のリソースを積極的に活用しようという考え方が「知識ベースの企業理論」に登場する(図7)。知識の獲得と利用とを分けて考えると、複数の専門化された知識を組み合わせて利用するスキルを内製化すれば、個々の専門化された知識は、必ずしも内製化する必要がなく、効率的に知識を得られる方法を採れば良いことになる。

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図7
ホールドアップ問題
アウトソースする際に、取引先が機会主義的で、契約において不測事態の予見が困難で、取引が複雑で、自社で内製すべきスキルが取引先に蓄積される場合には、相手にその取引先に譲歩して非効率を受け入れざるを得ないような状況(ホールドアップ問題)になる可能性があるので、特定の取引先と長期契約を締結することには慎重になった方が良さそうだ(図8)。

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図8
以上が、何を内製化し、何をアウトソースするかについて考える場合に参考になりそうな経済学・経済学の概念である。 みなさんの意思決定の参考になりましたら幸いです。

資 料
Coase, Ronald H. (1988) The Firm, the Market and the Law, University of Chicago Press. (宮沢健一・後藤晃・藤垣芳文訳 『企業・市場・法』, 東洋経済出版社,1992年)
Henderson, Bruce D. (1973) “The Experience Curve,” Perspectives, The Boston Consulting Group.
Klein, Benjamin (1988) “Vertical Integration as Organizational Ownership,” Journal of Law, Economics, and Organization, 4 (1), 199-213.
Kotler, Philip and Giuseppe Stigliano (2018) RETAIL 4.0, Mondadori Electa S.p.A., Milano (高沢亜沙砂代訳 『コトラーのリテール4.0』, 朝日新聞出版, 2020年)
Leimstoll, Uwe and Ralf Wölfle (2020) Direct to Consumer (D2C) E-Commerce, In: Dornberger R. (eds) New Trends in Business Information Systems and Technology. Studies in Systems, Decision and Control, vol 294.
Prahalad, C.K. and Gary Hamel (1990) “The core competence of the corporation, Harvard Business Review, 68, 79-91.
Smith, A. (1776) An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations, Oxford. (高哲男訳 『国富論』I, 講談社, 2020年)
入山章栄 (2019) 『世界標準の経営理論』, ダイヤモンド社.
尾原和啓 (2020) 『ネットビジネス進化論』, NHK出版.
関口和代 (2015) 「アウトソーシングと下請制度」『東京経大学会誌』 278号 199-218ページ。
武石彰 (2003) 『分業と競争:競争優位のアウトソーシング・マネジンメント』 有斐閣.
中島巌 (2013) 「不確実性下における学習曲線と生産決定」『専修経済学論集』 48巻 71-94ページ。

(2020年10月21日にFacebookに投稿したテキストを再掲)

「ブランドの代替わり」と「リキッド消費」

Belk (1988)は、近代的な生活において人々が「何を所有するか」によって自らのアイデンティティ(自分らしさ)を定義・強化する消費行動を指摘している。人々は幼少期から特定のイメージを持つブランドの中から「自分らしいもの」を選び、所有することに自らを環境から弁別し、自らを他者と差別化する。さらに、特定のイメージを持つブランドの中から新たな「自分らしさ」を表現するものを所有することによって、自らがコントロールできると感じる領域を拡張(self-extension)していくことを欲求する。

このような消費行動は、「自分らしさ」に適合したブランドを選択するとともに、適合しないブランドを回避する行動ももたらす。

Lee et al. (2009)は、人々がブランドを回避する行動を採る理由として、そのブランドの商品の性能が不十分だったり、修理に余計な手間がかかったりといった期待外れの経験による経験的な回避(experiential avoidance)、そのブランドが支配的な地位に甘んじていたり社会的に無責任な行動を採ったりといった評価による道徳的な回避(moral avoidance)、そのブランドの商品が費用対効果に合っていなかったり、パッケージが美的にきれいに仕上がっていないといった不十分さによる欠陥的な価値 (deficit avoidance)とともに、アイデンティティ的な回避(identity avoidance)を挙げている。 アイデンティティ的な回避の例として、そのブランドが自分らしい人々とは異なる利用者のグループを想起させたり、自らに対するイメージと合致していなかったりすることとともに、「ある種の消費者は、メインストリームのブランドを使うことは、自らのアイデンティティの独自性に反するので、そういったブランドを回避する」傾向などが挙げられている。

ブランドは、自らのアイデンティティを定義・強化するために消費される。そのような中で、強いイメージを持つブランドは、ときには利用され、ときには回避される。 このようなメカニズムは、マーケティングの現場においても昔から発見されており、指摘されていた。例えば藤岡(1984 )には次のように述べている。

「有名ブランドというのが品質の高さの証明ならまだしも、それが大量の商品の証明であれば、人はこれからだんだん遠ざかっていく。高価の証明、センスの証明であってもその魅力は薄れていく。嘗ては、ミス・ブランド、ミスター・ブランドという人種が街に溢れていて、これ見よがしにスカーフをなびかせ、これ見よがしにライターを取り出していたが、今はもう全く流行らなくなった」

「では、どんなセンスが恰好いいとされるのか。まず、ブランド・マークもろ出しはだめ、デザインもありありはだめ、だけど結構しゃれている。『素敵ね』と聞かれたところで、『これは吉祥寺のどこどこで見つけたのよ』と出所を明らかにする。それがもし海外ブランドだったら、誰もが知っているのではないブランド、だけど、できたらイタリーとかミラノとかがはいっていればそれに越したことはない、と、ある女性は説明してくれた。この心理の微妙、解説もなかなか困難だが、一点に絞って採り上げるなら、やはり、『私のセンスを見てください』ということになってしまう。有名海外ブランドは、どうしても『私の』センスよりメーカーのセンスが表に立つ」

「自分らしいもの」をコントロールし、特定のブランドによってコントロールされないように注意深くポジショニングしながら、アイデンティティを定義し続ける消費行動によって、かつて強いイメージを持ち、それゆえメインストリームになるまで人気となったブランドのが、しばしば、メインストリームであったり、大量に消費されていたりしたがゆえに回避され、その結果、ある世代に愛されたブランドが、その次の世代には回避される「ブランドの代替わり」という現象が、様々なカテゴリーで観察される。

らに、このような「ブランドの代替わり」に加えて、そもそも人々のアイデンティティのあり方とブランドの消費行動が、最近変質しているのではないか、という指摘もある。Bardhi & Eckhardt (2017)は、後期近代において、私たちの社会がより変化が激しくなり、より不安定になる「リキッド・モダニティ(液状化する社会)」に移行し、デジタルな情報環境(例: デジタルコンテンツに簡単にかつ瞬間的にアクセスできる環境)により、ある一貫したアイデンティティ一に対するこだわりがより少なくなり、ブランドの消費において短命化、非所有化、脱物質化が強くなる「リキッド消費(液状化消費)」が台頭してきたことが指摘されている。久保田(2020)は、この「リキッド消費」が日本においても見られることを実証している。
これまでメインストリームの地位にあったブランドに対して、昔からあった「ブランドの代替わり」を狙ったチャレンジというアプローチに加え、社会的な変化とデジタルな情報環境がもたらした「リキッド消費」が進む環境を効果的に活用したアプローチを組み合わせて、 新しいタイプのブランド群が成長している。そのようなブランド群のひとつが「D2C」ではないだろうかと感じている。D2Cについては別の機会で整理したい。
(資料)
Belk, Russel W. (1988) “Possessions and the Extended Self,” Journal of Consumer Research, 15 (2), 139–68.

Lee, M.S.W., Conroy, D.M. and Motion, J. (2009), “Brand avoidance: a negative promises perspective”, Advances in Consumer Research, Vol. 36, 421-429.

藤岡和賀夫 (1984) 「さよなら、大衆―感性時代をどう読むか」PHP研究所

Bardhi, F., & Eckhardt, G. M. (2017). Liquid consumption. Journal of Consumer Research, 44(3), 582–597.

久保田進彦(2020) 「消費環境の変化とリキッド消費の広がり―デジタル社会におけるブランド戦略 にむけた基盤的検討―」『マーケティングジャーナル』39(3), 52–66.

(2020年9月27日にFacebookに投稿したテキストを再掲)

商品の価値とは何か

一昨日のゼミで話題になった「商品の価値とは何か?」 という問いに対して、関連する議論を少し整理した。
1) 商品の価値は生産者側で決まるのか、それとも消費者側で決まるのか
経済学において、商品の価値は、アダム・スミスやデヴィッド・リカードら「古典派」はその商品の生産に要した労働力によって決定されると考え、ウィリアム・S・ジェボンズ、レオン・ワレラス、カール・メンガーらは、その商品を使用する消費者が感じる効用によって決定されると考えた。
スミスは、「国富論」の中で、分業が徹底することにより、私たちの生活の必需品や便宜品、娯楽品のうち、私たちが自給自足できるものがごく一部となり、それらの大部分を他人の労働によって引き出すようになるという状況を前提に、商品の価値について以下のように述べている。
「あらゆる商品の価値は、自ら使用したり消費したりするのではなく、もっぱら他の商品と交換するために所有している人にとっては、それが彼に購買または支配を可能にする労働量に等しいことになる。それゆえ、労働があらゆる商品の交換価値の本当の尺度なのである」(Smith 1776)
「あらゆるものの真実価格、つまり、どんなものであれその入手を望む人が実際に要する費用は、それを獲得する苦労と労力である。あらゆるものが、それを獲得したうえで、処分するなり、他の何かと交換しようとする人にとって実際に持つ価値とは、それを所有するがゆえに自身は手を下さずに済み、他人に負わせることができる苦労と手数である」(Smith 1776)
これが、後にリカードらによって「労働価値説」として整理される、「商品の価値はその生産に必要な労働力によって決定される」という考え方である(武隈他 2005)。
これに対して、イギリスではジェボンズ、ヨーロッパ大陸ではワルラス、メンガーがそれぞれ独自に展開したのが、「価値効用説」、すなわち、「商品の価値は個人がそれを使用あるいは消費することによって得られる満足、すなわち効用によって決定される」 という考え方である(武隈他 2005)。例えばジェボンズは兄への手紙の中で次のように述べている。
“One of the most important axioms is, that as the quantity of any commodity, for instance, plain food, which a man has to consume, increases, so the utility or benefit derived from the last portion used decreases in degree. The decrease of enjoyment between the beginning and end of a meal may be taken as an example. And I assume that on an average, the ratio of utility is some continuous mathematical function of the quantity of commodity.” (Jevons 1860)
「最も重要な公理の一つは、次のようなものである。すなわち、何らかの商品、例えば人間が消費しなければならないふだんの食糧の数量が増加するにつれて、最後に使用された部分から得られる効用または便益はその度合が減少するということである。食事の最初と最後のあいだの満足の減少をこの一例にとることができるだろう。そして私は、平均して、効用比率は商品の数量のある数学的な連続関数であると仮定する」(根井 2018)
この連続関数を具現化させたのが、アルフレッド・マーシャルの需要曲線である。例えば図1-1は、消費者が商品に感じる効用が、消費する量が増えるとともに小さくなる法則を示している。例えば商品がパンだとすると、消費者が空腹であるときには価値を高く感じるので1つ目のパンに200円払っても良いと思うが、2つ目には150円、3つ目には110円、4つ目には80円、5つ目には60円、6つ目には50円以上払いたくないと考えるように、商品に感じる価値が小さくなっていく。

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この議論は、今日的な経営に置き換えれば、生産にかかったコスト(例: 労働の対価や設備の減価償却)の積み上げで価格を決めるか、それとも、消費者側が知覚する価値に見合った価格で決まるのか、というものに近いのではないだろうか。
そして、今日の経営においては、例えば Forbis and Mehta (1979)の“Economic Value to Customer”のように、後者がより重視されているといえよう。

2) 商品の価値は合理的に決まるのか、それともそうではないのか
「労働価値説」=古典派、「効用価値説」=新古典派の中で、カール・マルクスは経済学の教科書などにおいては前者に分類されていることが一般的だが、実は独特のポジションを取っている。
例えば、次の部分では、使用価値≒消費者側が知覚する価値に注目しているように見える。
「商品はまず第一に外的対象である。すなわち、その属性によって人間のなんらかの種類の欲望を充足させる一つの物である。これらの欲望の性質は、それが例えば胃の腑 から出てこようと創造によるものであろうと、ことの本質を少しも変化させない。(中略)一つの物の有用性〔すなわち、いかなる種類かの人間の欲望を充足させる物の属性〕は、この物を使用価値にする」(Marx 1867)
ところが、それに続く部分において、使用価値が目的としての性格だけでなく、富の素材的内容や交換価値の素材の担い手といった手段としての性格も持つことを指摘している。
「しかしながら、この有用性は空中に浮かんでいるものではない。それは、商品体の属性によって限定されていて、商品体なくしては存在するものではない。(中略)使用価値は、富の社会的形態の如何にかかわらず、富の素材的内容をなしている。われわれがこれから考察しようとしている社会形態においては、使用価値は同時に交換価値の素材的な担い手をなしている」(Marx 1867)
交換価値とは何か? マルクスは、あるカテゴリーの商品がもたらす使用価値と、別のカテゴリーの商品がもたらす使用価値との間の交換のレート的なものとして描いている。
「交換価値は、まず第一に量的な関係として、すなわち、ある種類の使用価値が他の種類の使用価値と交換される比率として、すなわち、時と所とにしたがって、たえず変化する関係として、現われる。したがって、交換価値は、何か偶然的なるもの、純粋に相対的なるものであって、商品に内在的な、固有の 効属性を取得することが人間にとって多くの労働を要するものか、少ない労働を要するものか、ということによってきまるのではない」(Marx 1867)
経済学において「労働価値説」の代表的な論者と分類されているマルクスは、この部分で「労働価値説」を否定している。しかし、その後で続くところでは、こうも述べている。
「使用価値としては、商品は、何よりもまず異なれる質のものである。交換価値としては、商品はただ量を異にするだけのものであって、したがって、一原子の使用価値をも含んでいない。いまもし商品体の使用価値を無視するとすれば、商品体に残る属性は、ただ一つ、労働生産物という属性だけである」(Marx 1867)
ここで一見「労働価値説」に逆戻りしたかのように見えるマルクスは、実は労働を次のように定義し直している。
「それはもはや指物労働の生産物でも、建築労働や紡織労働やその他なにか一定の生産的労働の生産物でもない。労働生産物の有用なる性質とともに、その中に表わされている労働の有用なる性質は消失する。したがって、これらの労働の異なった具体的な形態も消失する。それらはもはや相互に区別されることなく、ことごとく同じ人間労働、抽象的に人間的な労働に整約される」(Marx 1867)
スミスが論じ、リカードが整理した「労働価値説」における「個々の商品を生産するための労働」は、ここから「ことごとく同じ人間労働、抽象的に人間的な労働」という、異質の概念に置き換えられている。
「われわれはいま労働生産物の残りをしらべて見よう。もはや、妖怪のような同一の対象性以外に、すなわち、無差別な人間労働の、言いかえればその支出形態を考慮することのない、人間労働力支出の、単なる膠状物というもの以外に、労働生産物から何物も残っていない。これらの物は、ただ、なおその生産に人間労働力が支出されており、人間労働が累積されているということを表わしているだけである。これらの物は、お互いに共通な、この社会的実体の結晶として、価値ー商品価値である。商品の交換関係そのものにおいては、その交換価値は、その使用価値から全く独立しているあるものとして、現われた」(Marx 1867)
そして、「抽象的に人間的な労働」において、より生産性が低く(=その商品を生産するのにより多くの労働の量が必要で)、多くの労働の量を投入することが求められる商品が価値を持つ例として、マルクスはダイヤモンドを挙げる。
「同一量の労働は、例えば豊年には八ブッシェルの小麦に表わされるが、凶年にはか四ブッシェルに表わされるにすぎない。同一量の労働は、富坑においては、貧坑におけるより多くの金属を産出する、等々。ダイヤモンドは、地殻中にまれにしか現われない。したがって、その採取には、平均して多くの労働時間が必要とされる。そのためにダイヤモンドは、小さい体積の中に多くの労働を表している。(中略)もし少量の労働をもって、石炭がダイヤモンドに転化されうるようになれば、その価値は煉瓦以下に低下することになるだろう 」(Marx 1867)
そこから、マルクスは、商品を生産するための労働力が自己目的化し、商品と切り離せなくなっている「物神的な性格」に着目する。
「商品形態は、人間にたいして彼ら自身の労働の社会的性格を労働生産物自身の対象的性格として、これらの物の社会的自然属性として、反映するということ、したがってまた、総労働にたいする生産者の社会的関係をも、彼らの外に存する対象の社会的関係として、反映するということである。このQuidproquo〔とりちがえ〕によって、労働生産物は商品となり、感覚的にして超感覚的な、または社会的な物となるのである」(Marx 1867)
ここで、交換価値は、使用価値≒消費者側が知覚する価値に転換する。すなわち、社会から離れた一個人としての消費者がダイヤモンドに使用価値を見出しているのではなく、交換を行う社会的な消費者が、それが多くの労働時間が必要とされるという理由からダイヤモンドに交換価値を見出し、それゆえ、使用価値を見出している。この状況を、マルクスは「商品の物神的な性格」と呼んでいる。
マルクスの議論の面白さは、商品の価値を、商品と消費者の間で、生産に必要な労働力や消費者にとっての効用といった合理的なモデルで捉えるだけでなく、消費者間の交換の中で、労働力の投入量≒金銭的な価値が自己目的化する非合理的なメカニズムを解き明かしているところである。
「商品の物神的な性格」は、マルクスを援用したフリードリヒ・エンゲルスが作り上げた共産主義の方々の目指した世界とは全く逆の方向の話とつなげてしまい恐縮だが、マーケティングにおいては、Carroll and Ahuvia (2006)のBrand Love(ブランドへの愛着)に影響をもたらすSelf-Expressive Brand(自己表現的なブランド)という変数や、Wiedmann, Hennings and Siebels (2009)のLuxury Value(贅沢さの価値)に影響をもたらすSocial Value(社会的な価値)の議論に通じる視野を切り開いていると言えるのではないだろうか。
これらについては、次の機会でまとめることにしよう。
 
参考文献
Smith, Adam (1776) An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nation; 高哲男訳「国富論(上)」第5章 講談社)
武隈 慎一他(2005)「エコノミクス 入門ミクロ経済学」ダイヤモンド社
根井雅弘 (2018)「『英語原典で読む経済学史』第19回 限界革命(1) 2018.06.15」 https://webfrance.hakusuisha.co.jp/posts/828
Marx, Karl H. (1867) DAS KAPITAL I; 向坂逸郎訳マルクス「資本論」(一) 岩波書店 2017年
Carroll, Barbara A. and Aaron C. Ahuvia (2006) “Some antecedents and outcomes of brand love,” Market Letters (2006) 17: 79–89.
Wiedmann,Klaus Peter, Nadine Hennigs and Astrid Siebels (2009) “Value-Based Segmentation of Luxury Consumption Behavior,” Psychology & Marketing, Vol. 26(7): 625–651.

(2020年6月14日にFacebookに投稿したテキストを再掲)

メーカーのサービス化について

2001年から2013年のコンサルタントだった時代に「メーカーがどのようにサービスに事業を拡大するか」というテーマのプロジェクトにいくつか携わったり、統括したりしたものだが、その後ソフトウェア、物流アウトソースなどサービス事業に身を置くようになってから、しばらくこのテーマについて考える機会がなかった。 一昨日の早稲田のゼミの中でこのテーマが論点になったのをきっかけに、久しぶりに数時間ほどこのテーマに関連する文献を読み返したり検索したらなかなか楽しかった。そんな中で見つけたものを以下整理する。

  • 「サービスへの移行に伴う3つのリスクとそれらを緩和する3つの戦略」(Sawhney et al. 2004)
    • メーカーがサービスに移行する際には、「自分たちに本当にそれができるか (ケイパビリティリスク)」「それを顧客は受け入れてくれるか (市場リスク)」「それで本当に儲かるのか (財務リスク)」の3つのリスクがある “The process of migration to services can be difficult and risky. To improve the chances of success, managers must be conscious of the risks involved and be well prepared to manage them. There are three major categories of risk: capability risk (the internal perspective), market risk (the customer perspective) and financial risk (the business model perspective). “
    • これらの3つのリスクを緩和するためには、組織戦略 (人材)、デザイン戦略 (提供するもの)、開発戦略 (プロセス)が勝負どころとなる “There are also three categories of risk mitigation strategy: organizational strategies (related to culture, people and organizational design), design strategies (related to design and architecture of the offering) and development strategies (related to the process of developing and testing new services).”

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(Sawhney et al. 2004)

これら3つの戦略の中で、デザイン戦略 ≒ どんなサービスを設計し、提供するとよいのかという問いに焦点を当て、この問い対して示唆を与えてくれそうなフレームワークを整理する
  • 「GEにおけるサービス事業の5つの発展段階」(小森・名和 2001)
    • 航空機用エンジン分野におけるGEのサービス事業は、当初は、自社のエンジン技術をベースにした自社製エンジンのみの長期メンテナンス契約が主体だった (プラットフォーム1 自社製品向けサービスの提供)
    • エンジンそのものの技術、パーツの製造技術およびメインテナンスのノウハウ全体をテコに、エンジンのメンテナンスとスペア・パーツの製造・交換サービスをバンドリングし、スペア・パーツを提供する事業を展開していった(プラットフォーム2 基本サービスのバンドル化)
    • GEならではの財務力をテコに、UCN、セルマ、アエロマスなどのサービス・ショップを買収し、その上で、航空業界で築いた信頼を活用し、プラット・アンド・ホイットニーやロールスロイスなど他社製エンジンの長期メインテナンス・サービスを提供するようになった(プラットフォーム3 他社製品向けサービスの提供)
    • 今後はエンジンのみならず、航空機そのもののメインテナンス事業に参入することが十分予想される(プラットフォーム4 アウトソーシング・サービスの提供)
    • 航空機用エンジン事業ではGEはプラットフォーム4までステップアップしているが、GEのホスピタル・マネジメント事業は、CTスキャンなどの大型医療診断機器の製造販売およびメインテナンスからスタートし、今では自社製品を超えて、さまざまな機器の調達やサプライ・マネジメントを病院に向けて提供している(プラットフォーム5 製品以外へのサービスの提供)
    • GEのサービス事業の発展においては、自社の組織が築いてきたコア・コンピタンスが鍵となっており、そのコア・コンピタンスをフル活用しようとするプロセスを採っている点が興味深い。 例えば、GEの航空機エンジン分野におけるサービス事業のステップアップのプロセスにおいては、内部資産である設計データベースやスペア・パーツの製造能力、財務上の強み、高度なエンジン技術、システマティックなメインテナンス・プログラム、対外関係である航空会社やFAA(連邦航空局)とのネットワークといったコア・コンピタンスをフルに活用している。また、ホスピタル・マネジメント事業においても、自社製品に関する調達やロジスティックスのスキル、病院との長期にわたる信頼関係がベースとなっている。 ステップアップの背景として、高いレベルの業績を追求する企業文化と、自社の強いところに絞って戦うという戦略の基本的考え方が徹底されている。常に自社のコア・コンピタンスに立脚するというポイントを逸脱することなく、儲からない分野に無理してまで進出していない

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小森・名和 (2001)

  • サービス機会導出マトリクス(Sawhney et al. 2014、下川 2010)
    • サービスによる成長の機会を探索するためには、顧客の活動と得られるもの(=顧客の活動の連鎖)に基づいて市場を再定義することが求められる “Companies seeking services-led growth should redefine their markets in terms of customer activities and outcomes. By adding or reconfiguring customer activities along a primary or adjacent activity chain, companies can find opportunities for growth.”
    • 顧客の活動の連鎖に基づいて市場を捉えることにより、新たなサービスを「どこで (Where): 既存の連鎖の中か外か」と「いかに (How): 既存の活動の再構成か新たな活動の追加か」で整理することにより、サービス機会を発見しやすくなる “Once companies are thinking in terms of the customer-activity chain, they can classify new services along two dimensions: the focus of growth (where does growth occur?) and the type of growth (how does growth occur?). The “where” question can be answered by thinking about primary and complementary, or adjacent, activity chains. For example, visiting a dealership is a primary activity on the auto ownership chain, whereas seeking insurance quotes is a complementary activity that falls on an adjacent chain. Service growth opportunities can be found on both chains and in two ways (the “how” question): first by adding new activities and second by reconfiguring existing activities.”

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下川 (2010)
  • 製造企業のサービス化戦略の分類 (三浦 2016)
    • “Iの市場型取引は、所謂、 製造企業の箱売りである。顧客との取引は断続的で、企業は顧客の使用過程に介在せず、相互作用は発生しない。顧客は企業が生産した既製の生産物を購入するため結果を消費している。例えば、 冷蔵庫などである”
    • “IIのシステム化では、取引は連続的であるが企業と顧客の相互作用は発生しない。例えば、コマツの建機にはコムトラックと呼ばれるセンサーと通信機器が標準装備されており、常時機器の稼働具合をモニターし顧客のコア業務が定常状態を保って順調に行われることを目的として提供されるサービスである(近藤 (2014))。複写機のコピー毎の支払の事例も企業と顧客の相互作用は発生しないが、 顧客の継続したニーズと支払により取引は連続 的である。前のサービスの結果が後のサービスに影響を与え、一定期間の間に提供物が改変されるという意味で、企業は顧客の使用過程に関わっている。連続的な関係性をとおし て顧客はプロセスを消費するが、この場合のプロセスは、 生産と消費の同時性といった企業と顧客の相互作用を扱ったプロセスとは区別されるだろう”
    • “IIIの問題解決型では、取引は断続的であるが企業と顧客の相互作用が発生する。デル・ コンピュータは他のコンピュータ・メーカーとは違い、ダイレクト・マーケティングの手法で、出来合いではなく、細かく顧客の要望にそったマス・カスタマイゼーションで製品を提供することを特徴としていたが、顧客の知覚リスクを低減するためにコールセンターのサービス水準を顕著に高めることで良い評判を得て、モノ製品自体の差別化を達成しようとした(近藤 (2014))。顧客との取引は断続的であるが、デルはコールセンターをとおして顧客の使用過程に介在し顧客との相互作用を形成した。顧客は企業との相互作用をとおして価値共創に関わるプロセスを消費している”
    • “IVのリレーションシップでは、取引は連続的で、企業と顧客の相互作用も発生する。IBM が製造企業からソリューションを中心とした情報産業に転換した事例は典型的である。また、GE のジェットエンジンはコマツと同様のサービスであるが、コマツは起きてしまった故障やトラブルに対する回復サービスであるのに対して、GE のサービスはコア 業務の遂行中に同時回復サービスが実行されることが特徴である(近藤 (2014))。企業が顧客の使用過程に介在し顧客と相互作用することで故障の前の対応を可能にしている。「アップルにおける iPod の成功は、製品自体の機能性や意匠だけでなく、音楽をオンラインでどこでもダウンロードでき、プレイリストを自由に編集することができる iTunes のサービスに価値があったためである」(貝原 (2013) pp.80-81)。顧客に操作や維持、より良い使い方の提案などをする場を提供している。連続的な関係性において企業と顧客は相互作用をとおして価値共創に関わり顧客はそのプロセスを消費している。顧客からのフィードバックは将来の商品開発にも反映されるだろう”

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三浦 (2016)

  • 統合的ソリューションとアドバンスド・サービス (西岡 2016)
    • “顧客のビジネスと戦略、そしてオペレーション上の問題点に対して、製品とサービスをバンドル化し、サービスを提供することをソリューションという(Foote et al. 2001)。「ソリューション」という概念は、製品とサービスをセットにしてサービスビジネスとして顧客の問題を解決しようとすることである(Acha et al., 2004)”
    • “一方、サービタイゼーションでは製品をサービスに統合してしまうことを試みている。つまり製品をサービスに統合した「サービス」がサービタイゼーションにおけるソリューションビジネスの方法となる。これにより製品とサービスは同じ目的を持ち、顧客のビジネス・オペレーションの能力が向上したり、コストが削減するといった新たな価値の追求に利用されることになる”
    • “この点で,単なるソリューションとサービタイゼーションにおける「ソリューション」は区別されなければならず,後者はその意味で「統合的ソリューション」、「アドバンスド・サービス」と呼ばれる”
  • アドバンズド・サービスにおいて顧客企業と協働するためのenablerとしてICT (西岡 2016)
    • “従来、技術は製品というモノを通してその価値を明示してきた。しかし、製造業のサービス化、そしてパフォーマンスベースサービスやアドバンスド・サービスの出現により、技術は様々な顧客企業に対するソリューションを提供するためのリソースの1つとなる。つまり,技術はある特定の製品や機械のために存在するのではなく、様々な顧客に応じた個々の異なるサービスを実現するためのリソースとして存在してくることになる。このことは技術を製品やサービスに直接的に作用するものではなく、間接的に他のリソースと組み合わせることで実現できるイネーブラー(enabler)としての役割が強調されることになる。このような技術への着目は,顧客企業の持つコア技術と様々なモノやサービスと協働するためのenablerとしてICT(Information and Communication Technology)への着目へとつながる”
    • “センサー技術を始めとする技術を既存の製品やサービスと統合することが着目される。最近では新しい技術、特にリモートセンサー技術とICTなどがアドバンスド・サービスとの関連についての研究が着目を浴びている。特にリモート制御・監視技術は、ハードウェア(e.g. センサーや無線などの通信制御を行う装置)とソフトウェア(e.g. データを収集し、それを伝達したりあるいは分析をしたり、制御するアルゴリズムも含む)の組み合わせで実現されるサービスは、大きくサービタイゼーションを進展させるであろう”
  • サービタイゼーションとICT (西岡 2016)
    • “現在ICTはその役割として、(1)様々な種類のデータを統合する能力、(2)大量・多様なデータを処理する能力、が着目されてきている.しかしながら、現実的には統合した多種多様なデータをどのように経営やマーケティングに利用するかが企業側の課題になっている。ICTの持つ大きな特徴は、顧客のビジネス・オペレーションや顧客や消費者に関するデータを「見える化」することができることである。従来、こうした膨大なデータは、一旦データを格納して分析処理を行うバッチ処理で行われていた”
    • “これからのICTは、(3)リアルタイム性と(4)ビジュアライズ性、という大きな特徴がより活用されるようになることで、新たな価値を顧客に提供することが可能となる。例えばプラント設備を管理するシステムにおいては、膨大なオペレーションデータをリアルタイムに分析し、作業員に分かりやすい情報を提供し、予防保全や危機管理に対する判断の重要な手助けをすることができる”
    • “次の段階では、(5)AIを使ったモデリング技術、によりリアルタイムで流れてくるオペレーション上のデータを分析し、必要な行動を作業員の指示なく行えるようになる。さらに、最終的には、気象状況や他の機器の状態、そして様々な自然・社会の因果関係を読み解き、周りの環境や状況変化に(6)自律的に(Autonomous)動作できるシステムが現れてくる”
この種の研究では、What (例: どんなサービスを設計し、提供するとよいのか≒Sawhney et al. 2014の「デザイン戦略」)についての研究よりも、How (例: いかに組織内のコンフリクトを緩和し、不足している資源を補うか≒Sawhney et al. 2014の「組織戦略」「開発戦略」)についての研究の方が、汎用的なモデルを特定しやすいためか、先行する傾向にある。事実、すでに紹介した論文でも、Howについては以下のようなモデルが提唱されている
  • サービス事業化のコア・コンピタンス (小森・名和 2001)
    • 5つのプラットフォーム(「プラットフォーム1 自社向けサービスの提供」「プラットフォーム2 基本サービスのバンドル化」「プラットフォーム3 他社製品向けサービスの提供」「プラットフォーム4 アウトソーシング・サービスの提供」「プラットフォーム5 製品関連以外のサービスの提供」)に則ってサービス事業を構築する際には、内部資源、スキル、対外関係の3つのコア・コンピタンスをフル活用することがカギとなる
      • 内部資源: これまでの事業活動を通じて、企業そのものに蓄積されている強み
      • スキル: 戦略上重要な業務を遂行するうえで培われてきた専門性の高い業務知識やノウハウ
      • 対外関係: 消費者や顧客企業、チャネル、納入業者など、企業を取り巻く外部プレイヤーとのネットワーク
    • GEのサービス事業の発展においては、すでに述べたようにコア・コンピタンスをフル活用している
      • 航空機エンジン分野のサービス事業において活用されているコア・コンピタンス
        • 内部資源: 設計データベースやスペア・パーツの製造能力、財務上の強み、高度なエンジン技術、システマティックなメインテナンス・プログラム
        • 対外関係: 航空会社やFAA(連邦航空局)とのネットワーク
      • ホスピタル・マネジメント事業において活用されているコア・コンピタンス
        • スキル: 自社製品に関する調達やロジスティックスのスキル
        • 対外関係: 病院との長期にわたる信頼関係
  • サービス化戦略の経路とサービス戦略のパターン (三浦 2016)
    • Iにおいて、CS(顧客サービス戦略)とAS(アフターセールスサービスプロバイダー)としての戦略はすでに整備されている
    • IからIIへ移行するためには、サービス戦略としてBPO(アウトソー シングパートナー)とCRM(顧客サポートサービスプロバイダー)としての戦略を追加する必要がある
      • “有体財利用権 (BPO) は、利用率が低い、保有コストが高い、品質の安定への欲求が高い場合に設定され、所有コストとの比較によっ て代替が左右される(山本 (1987)(2016))。また、 企業は資産所有のリスクを負担できるとき、 企業と顧客の両方が製品使用の結果をモニターできるとき、パフォーマンスベースのビジネスモデルが選択される (Cohen (2006))” “利用権の交換は別の効果もあり、使用毎に課金することによって 顧客との関係性が継続する”
      • “顧客を特定し顧客データや顧客の使用過程を情報化できなければ、CRMを追加することはできない。そのためIからIIへ移行するためには、提供する製品の特性を考え顧客との関係性を構築することで、顧客の使用過程を理解し情報化す ることが可能になる提供物の構成を開発する必要がある”
    • IからIIIへ移行するためには、サービス戦略としてR&D(開発パートナー)とBPO(アウトソー シングパートナー)としての戦略を追加する必要がある
      • “顧客との相互作用を形成し使用価値に関わる手立てとして、デルのコンピュータはダイレクト・マーケティングの手法を採用した。顧客データや顧客の使用過程を情報化し、その情報を利用して有体財の生産、流通を効率化することで、結果的に有体財が節約されマス・カスタマイゼーションを可能にした (R&D)”
      • “コールセンターのサービスは顧客の知覚リスクを低減し、問題の解決やより良い使い方を提案するなど顧客のプロセスを代替している (BPO)。情報の便益は顧客の情報利用能力によっ て、サービスの便益は利用状況の不確実性や品質の不均質性によって左右される(山本 (1987))。そのため高水準のコールセンターのサービスは、情報とサービスの便益に有効に働くと考えられる”
      • “製造企業において製品開発の初期の段階から消費者と相互作用を形成することは一般的ではなく、使用過程に関わる仕組みを作ることは費用として見合うかどうか、 サービス・プロセスのどこに消費者が応分の責任を負い、どこで賄えるのかを見極めることが重要であろう(山本 (2016))”
    • IからIVへ移行するためには, サービス戦略としてR&D(アウトソー シングパートナー)、BPO(アウトソー シングパートナー)およびCRM(顧客サポートサービスプロバイダー)としての戦略を追加する必要がある
      • “顧客との長期的な関係性を構築すると共に、使用過程に介在し使用価値に関わる手立てとして、利用権, サービスおよび情報の組み合わせが重要である”
      • “有体財からサービス、情報へ の移行する際には、製造企業として大きな戦略的、組織的転換が求められる”

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三浦 2016
  • サービス・パラドックス (西岡 2016)
    • “サービスに関連した投資を重ねているにも関わらず,相変わらずその収益構造は製品から生まれてくるものが主であり、サービスから得るものはほとんどない状態になることがある。これがサービス・パラドックスという状態である。ここでは、(1)サービス部門からの売上が伸びず、サービス企業への投資拡大にも関わらずそのリターンが得られない、(2)そもそもサービスを事業化したコストさえ回収できない、という状況に陥る”
    • “サービス・パラドックスの起こる原因の基本的な前提として、ビジネスにおけるサービスへの認識があげられる。サービスを製品差別化戦略の1つとして採用した場合、すなわちサービスはあくまでも製品の差別化要因として認識しており、そのため中心となる売上や利益は、主力製品から生まれてくるものであり、顧客も製品の機能・性能そして品質に満足しているという認識の場合である”
    • “さらにサービス部門の在り方である。従来、製品に付属したサービスをそのままビジネスとして分離、つまり製品とサービスからの売上と収益を別に管理し、ビジネスユニット化することは非常によく見られる事例である。これはサービスのアドオン化と呼ばれる方法であり、サービスをアドオンとすることで、製品そしてサービスの売上向上を見込むものである。これらの手法は本質的に製品ベースのビジネス構造となんら変わっていない、逆にサービスのアドオン化をすることでコスト増の要因となり、全体としての収益の低下が見込まれることになる”
    • “さらに経営者層のサービスについての考え方にも問題のある場合が多い。前述の(Gebauer et al. 2005)によると、以下のような理由で経営者層はサービス事業の拡大に積極的になれないとしている”
      • (1)期待する報酬: 良いものを作ればおのずと顧客はついてくるという考え方が強く、サービスに期待していない
      • (2)成果への期待確率: 多くの産業財取引の場合、その製品に関する商談が成功すると何億円以上の単位となるが、ビジネスのサービス化の売上規模は、それよりもはるかに小さい
      • (3)受け取る成果: 製造業において人的資源をはじめとする様々なリソースは,製品開発から製造、販売までモノをドミナントとして活動をしてきており、もしこれをサービスベースに経営を変えていくのであれば、人的資源の再教育が必要となり、新たな人材雇用が必要となる。設備についても、装置中心から大幅に変えていくことになる。経営者としては、現状を考えると、意識改革を含めた自らの持つリソースでサービス化を行うリスクを当然感じることになる。さらに、サービタイゼーションを行うためには,顧客と非常に密接な関係を作り、顧客企業のオペレーション情報をも扱うことが必要となるが,顧客企業はこうした自社の企業を他企業に開示することは嫌がる
How (例: いかに組織内のコンフリクトを緩和し、不足している資源を補うか≒Sawhney et al. 2014の「組織戦略」「開発戦略」)についての研究は、この他にも数多くありそうだし、モノのサービス化に限らず、イノベーション関連の組織論にも数多くの活用できそうなフレームワークがあるはずである。
その一方で、What (例: どんなサービスを設計し、提供するとよいのか≒Sawhney et al. 2014の「デザイン戦略」)についての研究が進み、その研究を活用することで、実務の成功事例が加速することを期待している。
 
参考文献
小森哲郎・名和高司 (2001) 『高業績メーカーは「サービス」を売る』 ダイヤモンド社, pp 45-47.
三浦玉緒(2016) 「製造企業のサービス化における類型化の試み サービス化戦略の経路とサービス戦略のパターン」『ビジネス&アカウンティングレビュー』 18, pp 39-58. https://kwansei-ac.jp/…/review/BandA_review_vol18_p39-58.pdf
西岡 健一(2016)「製造業のサービス化に向けて ~ICTによる製造業のサービス化促進~」『サービソロジー』3巻 3号, pp.18-23. https://www.jstage.jst.go.jp/…/serv…/3/3/3_18/_html/-char/ja


(2020年6月7日にFacebookに投稿したテキストを再掲)

鶏肉のマーケティング

1980年代から2000年代の米国のマーケティング関連の文献の中で、二つの鶏肉生産・加工会社のブランドを見かける。パーデュー・ファームズ (Perdue Farms)とタイソン・フーズ (Tyson Foods)である。
TB&P (Talk Business & Business)によると、2018年の調理用鶏肉市場において、パーデュー・ファームズはシェアの7%で4位、タイソン・フーズは21%で1位とのこと。どちらも年数千億円を超える食品業界の大企業である。 資料: TB&P - Tyson Foods maintains its top ranking in poultry production ( https://talkbusiness.net/2019/03/tyson-foods-maintains-its-top-ranking-in-poultry-production/ )
パーデュー・ファームズは、1920年にメリーランド州ソールズベリーで創業し、鶏卵販売、産卵鶏販売を経て鶏肉生産・加工事業に事業を拡大した会社で、1970年代に同社の2代目経営者のフランク・パーデュ (Frank Perdue) が自ら登場したテレビ広告によって事業を拡大した会社として知られている。
資料: Forbes – Perdue Farms ( https://www.forbes.com/companies/perdue-farms/#3b32788d6387 )
“It takes a tough man to make a tender chicken (柔らかいチキンはタフ男でないと作れない)”というコピーと“PERDUE”のタグによって、他社の調理用鶏肉と差別化に成功し、他社の商品に対して10%から30%のブランド・プレミアムがあったという。
資料: Michael J. Lanning and Edward G. Michaels (1988) “A business is a value delivery system,”McKinsey Staff Paper ( https://www.mckinsey.com/business-functions/strategy-and-corporate-finance/our-insights/delivering-value-to-customers )
フィリップ・コトラー は、「コトラーのマーケティング・コンセプト」(2003年 東洋経済新報社)の中で、フランク・パーデュについて次のように述べている。
「ハーバード大学教授、セオドア・レビット(Theodore Levitt)は、次のようなきわめて挑戦的な言葉を述べている。「コモディティなどというものは存在しない。あらゆる製品、サービスが差別化可能なのである」。彼の考えでは、コモディティとは新たな定義づけを待つ製品のことなのだ。人気の高い鶏肉ブランドのオーナー、フランク・パーデュー(Frank Perdue)も自信満々にこう語る。「死んだニワトリの肉が差別化できるのだから、どんなものでも差別化できる」。ある教授はMBAの学生たちに、ケース討議中にコモディティという言葉を使った者には、だれであれ罰金1ドルを課すと命じたそうだが、なるほどと思わせる話である。」
生活者に直接的に自社のブランドの商品の優位性を伝達し、それによって生活者からのプルを創ったという意味で、典型的なマーケティングの勝ちパターンを体現しているといえよう。
一方、タイソン・フーズは、1935年にアーカンソー州スプリングデールで創業し、たった一台のトラックで始めた鶏肉の配送ビジネスから生産・加工ビジネスに事業を拡大した会社であり、その後豚肉、牛肉に事業を拡大し、さらに「食卓の蛋白資源」のビジョンを実現するために1992年に米国最大の魚肉処理船アークティック・アラスカ・フィッシャリーズを買収するなど、積極的なM&Aでも知られる会社である。
タイソン・フーズの成功の鍵は、同社が製造重視型から顧客重視型に移行したと言われている。ロバート・B・タッカーは、「価値革命への挑戦」(1997年 TBSブリタニカ)の中で次のように述べている。
「タイソンは、消費者と手を結ぶために、まず顧客の抱える問題を解決することに重点を置いた。彼は、鶏肉をさまざまに加工することによって便益性という価値を付加すれば、消費者は多少割高であっても購入するであろうと考えたのである。この加工鶏肉が、タイソン社に急成長をもたらした。鶏肉の骨を抜き、下味を付け、切り分け、パテ状にし、ナゲットの形にし、パン粉を付け、調理し、そして冷凍したものを販売した。その結果、この加工鶏肉には、無加工鶏肉に比べて破格の値が付けられた。」
「タイソン社の鶏肉は、米国における最大のレストラン・チェーン100店のうち88店で使用されており、マクドナルドもこの中に含まれている。70年代、アメリカ人の間に牛肉離れが起きたとき、マクドナルドは、主要製品であるハンバーガーの主原料が牛肉だったために大問題を抱えることになった。マクドナルドは、タイソン社からメニューに牛肉以外の肉を使用した製品の提案を受け、初めて新しい可能性に気づいた。タイソン社の援助を受けてチキン・マックナゲットを開発するまで、マクドナルドは「ハンバーガー」チェーンという固定観念にとらわれていた。チキン・ナゲットをメニューに加えるというアイディアをマクドナルドに売り込むことで、タイソン社は新メニュー開発に成功した。タイソン社は、マクドナルドに対して、鶏肉にパン粉を振ることから味付け、そして配送に至るまで、最終調理以外のすべてを請け負うという提案を行ったのである。」
自社の商品の今日の形にこだわらず、その商品が顧客の利用場面で生み出す価値に着目し、そこから、その価値をさらに高めるためのアイディアに発想を広げたところも、やはり、典型的なマーケティングの勝ちパターンを体現しているといえよう。
というわけで、鶏肉のマーケティングの話でした。 さて、これから、久しぶりに焼鳥を食べに行きますかね(笑)


(2020年5月31日にFacebookに投稿したテキストを再掲)

精緻化見込みモデルもしくは二重過程理論についてのメモ

昨晩のゼミでは、メンバーと購買行動プロセスについてしみじみと考えたのですが、その際に論点となった「精緻化見込みモデル」について補足資料を探していたら、日本マーケティング学会の「マーケティングジャーナル」によく整理されたレビューがありました。
"精緻化見込みモデルでは,人間の情報処理は, 「中心ルート」と「周辺ルート」を経て行われ,態度変容が起こるとされている。中心ルートによる情報処理では,認知的労力を要し,比較的多くの情報処理活動を行う。その一方で,周辺ルートによる情報処理では,認知的労力を要さない情報処理を行う。" ”中心ルートの情報処理では,問題や意見の中心的なメリッ トやデメリットなど,メッセージの本質的な内容を精査し,その内容が態度形成に影響を及ぼす。一方の周辺ルートの情報処理では,情報の送り手の魅力や専門性など,メッセージの本質的な内容とは関係のない,周辺的手がかりが態度形成に影響を及ぼす。”
このモデルは、行動経済学者のダニエル・カーネマンのベストセラー「ファスト&スロー」で有名になった「システム1」(高速で,並列的,自動的,努力を要さない,連想的,学習が遅い,情動的という特徴があり,直感型の情報処理)と「システム2」(低速で,逐次的,制御的,努力を要する,規則に支配される,柔軟的,中立的などが特徴として挙げられる,熟慮型の情報処理)の二つの思考モードの概念とも近いです。
ざっくりと言ってしまえば、「中心ルート」≒「システム2」、「周辺ルート」≒「システム1」と理解していただければよろしいかと存じます。
昨晩のゼミのメンバーの議論をまとめると、
1) 広告に接する場面では、生活者は「周辺ルート」「システム1」であることが多く、そのような場面において「中心ルート」「システム2」による情報処理を期待すると、広告が期待した効果を得られなくなる。そこで、広告のクリエイティブのプロフェッショナルたちは、「周辺ルート」「システム1」の生活者を情報処理に誘導する表現・コンテンツを創るよう工夫をしている。
2) その一方で、オンラインで情報を能動的に探索する場面では、生活者は「中心ルート」「システム2」であることが多く、そのような場面においては、検索エンジンやオンライン上のクチコミの情報が有効に機能する。
3) カテゴリーに対する関与水準が低い場合には、「中心ルート」「システム2」を経ずに、「周辺ルート」「システム1」だけで購買を決定することもしばしばあるが、カテゴリーに対する関与水準が高い場合には、「中心ルート」「システム2」が入ってくる。
4) カテゴリーに対する関与水準が高い場合には、検索エンジンが使いやすくなり、オンライン上のクチコミの情報が豊富になってくる中で、「周辺ルート」「システム1」の生活者を情報処理に誘導する表現・コンテンツの影響力が相対的に下がってくる可能性がある。
といったところでしょうかね。

(2020年5月30日にFacebookに投稿したテキストを再掲)